・最判平成17年7月14日民集59巻6号1569頁  船橋市西図書館事件:上告審  当時船橋市西図書館に司書として勤務していた職員は、平成13年8月10日から同月 26日にかけて、上告人A会(新しい歴史教科書をつくる会)および上告人A会の役員又 は賛同者(その余の上告人)に対する否定的評価と反感から、その独断で、同図書館の蔵 書のうち上告人らの執筆又は編集に係る書籍を含む合計107冊(この中には上告人A会 の賛同者以外の著書も含まれている)を、他の職員に指示して手元に集めた上、本件除籍 基準に定められた「除籍対象資料」に該当しないにもかかわらず、コンピューターの蔵書 リストから除籍する処理をして廃棄した。  船橋市教育委員会は、平成14年5月29日、本件司書に対し6か月間減給10分の1 とする懲戒処分を行った。  その後、本件廃棄の対象となった図書のうち103冊は、同年7月4日までに本件司書 を含む船橋市教育委員会生涯学習部の職員5名からの寄付という形で再び船橋市西図書館 に収蔵された。残り4冊については、入手困難であったため、上記5名が、同一著者の執 筆した書籍を代替図書として寄付し、同図書館に収蔵された。  本件は、上告人らが、本件廃棄によって著作者としての人格的利益等を侵害されて精神 的苦痛を受けた旨主張し、被上告人(船橋市)に対し、国家賠償法1条1項又は民法71 5条に基づき、慰謝料の支払を求めるものである。 (第一審:東京地判平成15年9月9日、控訴審:東京高判平成16年3月3日、差戻後 控訴審:東京高判平成17年11月24日) ■判決文 主 文  原判決のうち被上告人に関する部分を破棄する。  前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。 理 由  上告代理人内田智ほかの上告受理申立て理由について  1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。  (1) 上告人A会(以下「上告人A会」という。)は、平成9年1月30日開催の設立 総会を経て設立された権利能力なき社団であり、「新しい歴史・公民教科書およびその他 の教科書の作成を企画・提案し、それらを児童・生徒の手に渡すことを目的とする」団体 である。その余の上告人らは、上告人A会の役員又は賛同者である(ただし、上告人Bは、 上告人A会の理事であった第1審原告Cの訴訟承継人である。以下、「上告人ら」という ときは、上告人Bを除き、第1審原告Cを含むことがある。)。  (2) 被上告人は、船橋市図書館条例(昭和56年船橋市条例第22号)に基づき、船 橋市中央図書館、船橋市東図書館、船橋市西図書館及び船橋市北図書館を設置し、その図 書館資料の除籍基準として、船橋市図書館資料除籍基準(以下「本件除籍基準」という。) を定めていた。  本件除籍基準には、「除籍対象資料」として、「(1) 蔵書点検の結果、所在が不明と なったもので、3年経過してもなお不明のもの。(2) 貸出資料のうち督促等の努力にも かかわらず、3年以上回収不能のもの。(3) 利用者が汚損・破損・紛失した資料で弁償 の対象となったもの。(4) 不可抗力の災害・事故により失われたもの。(5) 汚損・破損 が著しく、補修が不可能なもの。(6) 内容が古くなり、資料的価値のなくなったもの。 (7) 利用が低下し、今後も利用される見込みがなく、資料的価値のなくなったもの。(8)  新版・改訂版の出版により、代替が必要なもの。(9) 雑誌は、図書館の定めた保存年 限を経過したものも除籍の対象とする。」と定められていた。  (3) 平成13年8月10日から同月26日にかけて、当時船橋市西図書館に司書とし て勤務していた職員(以下「本件司書」という。)が、上告人A会やこれに賛同する者等 及びその著書に対する否定的評価と反感から、その独断で、同図書館の蔵書のうち上告人 らの執筆又は編集に係る書籍を含む合計107冊(この中には上告人A会の賛同者以外の 著書も含まれている。)を、他の職員に指示して手元に集めた上、本件除籍基準に定めら れた「除籍対象資料」に該当しないにもかかわらず、コンピューターの蔵書リストから除 籍する処理をして廃棄した(以下、これを「本件廃棄」という。)。  本件廃棄に係る図書の編著者別の冊数は、第1審判決別紙2「関連図書蔵書・除籍数一 覧表」のとおりであり、このうち上告人らの執筆又は編集に係る書籍の内訳は、第1審判 決別紙1「除籍図書目録」(ただし、番号20、21、24、26を除く。)のとおりで ある。  (4) 本件廃棄から約8か月後の平成14年4月12日付け産経新聞(全国版)におい て、平成13年8月ころ、船橋市西図書館に収蔵されていたDの著書44冊のうち43冊、 Eの著書58冊のうち25冊が廃棄処分されていたなどと報道され、これをきっかけとし て本件廃棄が発覚した。  (5) 本件司書は、平成14年5月10日、船橋市教育委員会委員長にあてて、本件廃 棄は自分がした旨の上申書を提出し、同委員会は、同月29日、本件司書に対し6か月間 減給10分の1とする懲戒処分を行った。  (6) 本件廃棄の対象となった図書のうち103冊は、同年7月4日までに本件司書を 含む船橋市教育委員会生涯学習部の職員5名からの寄付という形で再び船橋市西図書館に 収蔵された。残り4冊については、入手困難であったため、上記5名が、同一著者の執筆 した書籍を代替図書として寄付し、同図書館に収蔵された。  2 本件は、上告人らが、本件廃棄によって著作者としての人格的利益等を侵害されて 精神的苦痛を受けた旨主張し、被上告人に対し、国家賠償法1条1項又は民法715条に 基づき、慰謝料の支払を求めるものである。  3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却すべきも のとした。  著作者は、自らの著作物を図書館が購入することを法的に請求することができる地位に あるとは解されないし、その著作物が図書館に購入された場合でも、当該図書館に対し、 これを閲覧に供する方法について、著作権又は著作者人格権等の侵害を伴う場合は格別、 それ以外には、法律上何らかの具体的な請求ができる地位に立つまでの関係には至らない と解される。したがって、被上告人の図書館に収蔵され閲覧に供されている書籍の著作者 は、被上告人に対し、その著作物が図書館に収蔵され閲覧に供されることにつき、何ら法 的な権利利益を有するものではない。そうすると、本件廃棄によって上告人らの権利利益 が侵害されたことを前提とする上告人らの主張は、採用することができない。  4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとお りである。  (1) 図書館は、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公 衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施 設」であり(図書館法2条1項)、「社会教育のための機関」であって(社会教育法9条 1項)、国及び地方公共団体が国民の文化的教養を高め得るような環境を醸成するための 施設として位置付けられている(同法3条1項、教育基本法7条2項参照)。公立図書館 は、この目的を達成するために地方公共団体が設置した公の施設である(図書館法2条2 項、地方自治法244条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律30条)。そして、 図書館は、図書館奉仕(図書館サービス)のため、@図書館資料を収集して一般公衆の利 用に供すること、A図書館資料の分類排列を適切にし、その目録を整備することなどに努 めなければならないものとされ(図書館法3条)、特に、公立図書館については、その設 置及び運営上の望ましい基準が文部科学大臣によって定められ、教育委員会に提示すると ともに一般公衆に対して示すものとされており(同法18条)、平成13年7月18日に 文部科学大臣によって告示された「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(文部 科学省告示第132号)は、公立図書館の設置者に対し、同基準に基づき、図書館奉仕 (図書館サービス)の実施に努めなければならないものとしている。同基準によれば、公 立図書館は、図書館資料の収集、提供等につき、@住民の学習活動等を適切に援助するた め、住民の高度化・多様化する要求に十分に配慮すること、A広く住民の利用に供するた め、情報処理機能の向上を図り、有効かつ迅速なサービスを行うことができる体制を整え るよう努めること、B住民の要求に応えるため、新刊図書及び雑誌の迅速な確保並びに他 の図書館との連携・協力により図書館の機能を十分発揮できる種類及び量の資料の整備に 努めることなどとされている。  公立図書館の上記のような役割、機能等に照らせば、公立図書館は、住民に対して思想、 意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的とす る公的な場ということができる。そして、公立図書館の図書館職員は、公立図書館が上記 のような役割を果たせるように、独断的な評価や個人的な好みにとらわれることなく、公 正に図書館資料を取り扱うべき職務上の義務を負うものというべきであり、閲覧に供され ている図書について、独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄することは、図書 館職員としての基本的な職務上の義務に反するものといわなければならない。  (2) 他方、公立図書館が、上記のとおり、住民に図書館資料を提供するための公的な 場であるということは、そこで閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等 を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。したがって、公立図書館の図書 館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱い によって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達す る利益を不当に損なうものといわなければならない。そして、著作者の思想の自由、表現 の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると、公立図書館にお いて、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人 格的利益であると解するのが相当であり、公立図書館の図書館職員である公務員が、図書 の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価 や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、当該図書の著作者の上記人格的利 益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。  (3) 前記事実関係によれば、本件廃棄は、公立図書館である船橋市西図書館の本件司 書が、上告人A会やその賛同者等及びその著書に対する否定的評価と反感から行ったもの というのであるから、上告人らは、本件廃棄により、上記人格的利益を違法に侵害された ものというべきである。  5 したがって、これと異なる見解に立って、上告人らの被上告人に対する請求を棄却 すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち被上告人に関する部分は 破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、上記 部分につき本件を原審に差し戻すこととする。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 横尾 和子    裁判官 甲斐中辰夫    裁判官 泉  コ治    裁判官 島田 仁郎    裁判官 才口 千晴