・知財高裁平成17年8月30日  行田ケーブルテレビ事件等:控訴審  本件は、著作権等管理団体である原告日脚連、同シナリオ作家協会、同音楽著作権協会 (JASRAC)、同芸団協及び参加人文芸家協会が、有線放送事業者である被告成田ケーブル テレビ、同銚子テレビ及び同行田ケーブルテレビに対し、同時再送信における著作物使用 に対する使用許諾契約(テレビに関する「A契約」とラジオに関する「B契約」)に基づ き、契約に定められた平成7年度から11年度までの使用料又は補償金と遅延損害金の支 払を求めた事案である。  本件訴訟においては、著作権等管理団体である原告らが、同時再送信を行う有線放送事 業者である被告らに対し、著作権又は著作隣接権を行使できるかどうかを前提として、既 に締結されていた前記使用許諾契約が錯誤による無効又は詐欺により取消し得べきものか 等が主たる争点となり、そのほか消滅時効の成否等も争点となった。  原判決は、著作権法92条2項1号によれば、有線放送の方法によりなされる実演の放 送に実演家の権利は及ばないから、本件各契約のうち原告芸団協に関する部分は錯誤によ り無効であるとし、消滅時効の成立も一部認めたが、その余は原告ら(原告日脚連、同シ ナリオ作家協会、同音楽著作権協会及び参加人文芸家協会。以下「原告日脚連ら4団体」 という。)の請求が理由があるとしたため、被告全員及び原告芸団協がこれを不服として 控訴を提起したものである。  なお、原告らは、当審に至り、附帯控訴の提起と請求の拡張により被告らへの請求を整 理し、不可分債権としての権利行使として、前記年度の使用料又は補償金とこれに対する 遅延損害金の請求に改めた。  判決は、「著作権法92条2項は、『放送される実演を有線放送する場合』に実演家の 有線放送権は及ばない旨規定するが、同規定の趣旨は、実演家ないし実演家の団体である 原告芸団協が、契約に基づき、放送の同時再送信についてその利用の対価として『補償金』 を受けることを禁止する趣旨であると解することはできないから、本件各契約が著作権法 に違反するものということはできない。本件各契約は、実演家・放送事業者・有線放送事 業者三者間の権利関係処理の簡便化を図るという意味で一定の合理性を有するものであり、 契約自由の原則からして容認できると解される」などと述べて、原判決を変更して、原告 の請求を認容した。 (第一審:東京地判平成16年5月21日) ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 請求原因(1)(当事者)及び(2)(使用許諾契約の締結)の事実は、いずれも当事者間 に争いがない。 2 原告芸団協の当事者適格(被告らの主張(1))  被告らは、原告芸団協は、著作隣接権者に代わって被告らに対して著作隣接権を行使で きず、本件訴訟の当事者適格を有さないから、その訴えは却下されなければならないと主 張する。  しかし、原告芸団協の本件訴えは、被告らに対し本件各契約に基づく補償金等の支払を 求めるものであり、現在の給付の訴えであるところ、現在の給付の訴えにおける原告適格 は訴訟物たる給付請求権を自ら有すると主張する者にあると解されるから、原告芸団協に 原告適格があることは明らかであり(本件訴訟の訴訟物は、前述のように、原告芸団協が 被告らと契約したA契約及びB契約に基づく補償金等の請求権であり、被告らは同各契約 の存在を争わない。)、被告らの主張(1)は採用できない。 3 詐欺又は錯誤の有無(被告らの主張(2))  (1) 被告らは、本件各契約は、全体として、詐欺又は錯誤により締結されたと主張し、 その理由として、@映画の著作物であるテレビ番組の同時再送信に関し、原告らは著作権、 著作隣接権の主張をなし得る立場にない、A有線放送事業者による放送の同時再送信は、 有線放送事業者による放送の履行補助行為であって、著作物の新たな利用には当たらない、 また、原告ら5団体も同時再送信を前提に放送事業者に許諾しているから、放送の同時再 送信は原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれ、被告らは、原 告ら5団体から改めて許諾を得る必要はない、B原告芸団協が著作隣接権を有すると主張 する実演家は、同時再送信について、何らの著作隣接権をも有さない(ワンチャンス主義、 著作権法92条2項1号、2号)にもかかわらず、原告芸団協は、原告日脚連ら4団体と 共同して、本件実演家が法的に同時再送信について無権利者であること、同原告も法的に 本件実演家から実演、実演に関する著作隣接権の信託を受けられないこと、同原告が被告 らの同時再送信行為に対して何らの権利をも主張・行使できないことを熟知しながら、被 告らを欺罔して本件各契約を締結させた、などと主張する。そこで、以下において順次検 討する。  (2) 原告らは著作権、著作隣接権の主張をなし得ないか  被告らは、著作権法16条の趣旨は、映画の著作物に関しては、小説、脚本、音楽など の著作者を著作権法28条の原著作者と認めないとしたものと解すべきであり、映画の著 作物であるテレビ番組の同時再送信に関し、原告らは、そもそも著作権、著作隣接権の主 張をなし得る立場にないと主張する。  しかし、著作権法16条本文は、「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物におい て翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監 督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者 とする」と規定しているところ、同規定の趣旨は、映画の著作物において翻案され、又は 複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者(いわゆるクラシカル・オーサー) については、映画の著作物の著作者とは別個に映画の著作物について権利行使することが できることをいうものと解すべきである。したがって、被告らが同時再送信するテレビ番 組の中に映画の著作物に該当するものがあったとしても、当該映画の著作物において翻案 され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者は、クラシカル・オーサ ーとして、テレビ番組の著作者とは別に、テレビ番組について権利行使を行うことができ るというべきであるから、被告らの上記主張は誤りというほかない。被告らは、仮に、映 画の著作物について著作権法28条の適用が認められても、原著作者の有する権利は、著 作者人格権にとどまるとも主張するが、原著作者がクラシカル・オーサーとして権利行使 できることは上記のとおりであり、理由がない。  また、被告らは、音楽の著作物や脚本は、テレビ番組の原著作物とはなり得ないとも主 張する。しかし、テレビ番組において、音楽の著作物や脚本が使用され、これらが「思想 又は感情を創作的に表現したものであって、文学、学術、美術又は音楽の範囲に属するも の」(著作権法2条1項1号)に該当する場合、テレビ番組の原著作物とならない理由は ない。  したがって、被告らの上記主張は、いずれも採用できない。  (3) 被告らは著作物の使用に関し原告らの許諾を得る必要はないか  被告らは、@有線放送事業者による放送の同時再送信は、有線放送事業者による放送の 履行補助行為であって、著作物の新たな利用には当たらないし、A原告ら5団体も同時再 送信を前提に放送事業者に許諾しているから、放送の同時再送信は原告らが放送事業者に 対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれ、被告らは、原告ら5団体から改めて許諾を 得る必要はない等と主張する。  ア まず、上記@の点について検討すると、放送及び有線放送は、著作権法2条1項8 号、9号の2により各別の公衆送信として位置付けられ、また、送信の主体も異なること に加えて、現実の送信の態様も異なるものであるから、有線放送事業者による放送の同時 再送信は、放送事業者による放送とは別の公衆送信であり、これを有線放送事業者による 放送の履行補助行為であるということはできない。  被告らは、有線放送事業者による放送の同時再送信は著作物の新たな利用には当たらな い理由として、一般視聴者は、無線アンテナの代替物として有線ケーブルを利用し同時再 送信の形で視聴するのであり、無線放送と有線放送を二重に視聴するわけではないこと、 有テレ法17条によれば、有テレ法は、同時再送信を有線放送事業者における本来の意味 での有線放送(自主放送)として扱っておらず、同時再送信は、放送事業者の編集の権利 義務に基づく1個の公衆送信であること、原告らは、放送事業者に対し、番組の放送を許 諾しており、同時再送信は、原告らの上記許諾の範囲内に含まれること、等を挙げる。し かし、一般視聴者が無線放送と有線放送を二重に視聴する例が極めて少ないとしても、有 線放送事業者による放送の同時再送信が放送事業者による放送とは別の公衆送信であるこ とは上記のとおりである。また、有テレ法は、「有線テレビジョン放送の施設の設置及び 業務の運営を適正ならしめることによって、有線テレビジョン放送の受信者の利益を保護 するとともに、有線テレビジョン放送の健全な発達を図り、もって公共の福祉の増進に資 することを目的とする」(同法1条)法律であり、原告が挙げる同法17条括弧書きが 「放送事業者のテレビジョン放送又はテレビジョン多重放送を受信し、そのすべての放送 番組に変更を加えないで同時にこれを再送信する有線テレビジョン放送を除く」として、 有線テレビジョン放送による同時再送信について放送法3条(放送番組編集の自由)等の 準用を除外したのは、上記括弧書きの規定する同時再送信においては、有線テレビジョン 放送事業者による編集等が行われないため、編集の自由等に関する放送法の規定を準用す る必要がないからであると解され、同法は著作権法に基づく権利行使を規律するものでは ないから、同法の規定を根拠に有線放送事業者による放送の同時再送信は著作物の新たな 利用には当たらないということはできない。さらに、放送事業者に対する放送の許諾の際 に、有線放送事業者に対する有線放送の再許諾権限を放送事業者に対して付与していたと 認められる特段の事情がある場合を除き、放送事業者に対する放送の許諾によって、有線 放送事業者の行う有線放送までを許諾したとものと認めることはできないというべきであ るところ、上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。  イ 次に、上記Aの点については、原告ら5団体が同時再送信を前提に放送事業者に許 諾しているとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、有線放送事業者による放送の同 時再送信が原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれるというこ とはできない。  ウ したがって、被告らの上記主張は、いずれも採用できない。  (4) 著作隣接権を有しない原告芸団協と締結した本件各契約は有効か  進んで、原告芸団協が著作隣接権を有すると主張する実演家は、同時再送信について、 何らの著作隣接権をも有さない(ワンチャンス主義、著作権法92条2項1号、2号)に もかかわらず、原告芸団協は、原告日脚連ら4団体と共同して、本件実演家が法的に同時 再送信について無権利者であること、同原告も法的に本件実演家から実演、実演に関する 著作隣接権の信託を受けられないこと、同原告が被告らの同時再送信行為に対して何らの 権利をも主張・行使できないことを熟知しながら、被告らを欺罔して本件契約を締結させ たとの被告らの主張について検討する。  ア まず、本件各契約の文言は、上記第3の1(2)ア(本件A契約)、イ(本件B契約) のとおりである。具体的には、本件各契約は、原告日脚連ら4団体(B契約は3団体)を 甲、原告芸団協を乙とし、原告日脚連らと原告芸団協を区別した上、著作権者である原告 日脚連らについては、「甲らは丙に対し、第2条に掲げる使用料を支払うことを条件とし て、甲らがコントロールを及ぼしうる範囲に属する著作物を使用して制作された放送番組 を、丙がケーブルによって変更を加えないで同時再送信することを許諾する」(第1条第 1項)と規定しているのに対し、原告芸団協については「乙は、丙が第2条に掲げる補償 金を支払うことを条件として、乙の会員の実演によって制作された放送番組を、丙がケー ブルによって変更を加えないで同時再送信することに対し、放送事業者に異議を申し立て ないことを約定する」(第1条2項)と規定し、本件各契約のうち原告芸団協に係る契約 の部分については「補償金」、「乙の会員の実演によって制作された放送番組を・・・同 時再送信することに対し、放送事業者に異議を申し立てないことを約定する」との文言を 使用し、原告日脚連らについての「使用料」、「著作物を使用して制作された放送番組を ・・・同時再送信することを許諾する」との文言と明確に区別していることが明らかであ る。  イ 次に、本件各契約締結に至る経緯について証拠(ABC事件甲22、甲28の1、 2、甲29の1〜3、甲30、甲33の1、2、甲34、甲36)及び弁論の全趣旨によ れば、次の事実を認めることができる。  (ア) 昭和46年1月1日、現行著作権法(昭和45年法律第48号)が施行され、著作 権者及び実演家の有線放送権が法律上明定された。そこで、同年9月、放送に関連する権 利者団体である原告日脚連(当時の名称は協同組合日本放送作家組合)、原告音楽著作権 協会、原告芸団協、原告日本シナリオ作家協会、脱退原告保護同盟(前記のとおり平成1 5年10月、その著作権業務を参加人文芸家協会に承継させた。)及び社団法人日本レコ ード協会の6団体で構成される著作権者団体連絡協議会(以下「著団協」という。)は、 協議の上、原告日脚連を窓口として、CATV連盟の前身であるCATV連盟設立準備委 員会(以下、CATV連盟と併せて、「CATV連盟」という。)との間で権利処理に関 する交渉を開始した。  CATV連盟と権利者代表との上記交渉は、昭和47年2月から、文化庁著作権課の課 長及び課長補佐が参加して行われた。同交渉において、CATV連盟側からはCATV事 業の公益性が強く主張され、どのような使用料率を設定するか等については交渉は難航し たが、放送事業者側からCATV連合会側に対し、番組に含まれる著作権及び実演家から の要求についてはCATV事業者の責任において処理することを再送信同意の条件とする 意向が示されたこともあり、最終的に、使用料・補償金の額を当初提示額の半額以下とす ることで、昭和48年8月、本件各団体契約書式(上記第3の1(2)ア(本件A契約)、 イ(本件B契約)のとおり)による権利処理が合意された。  上記交渉の過程において、著作権法上、実演家の同時再送信に対する権利が制限されて いることを受けて、放送事業者側は、CATV事業者側に対し、同時再送信についての放 送事業者の有線放送権の許諾を行うに当たり、同時再送信によって必要となる権利処理は 実演家の権利を含めてすべてCATV事業者側において直接行うことを許諾の条件とする 意向を示していたことなどから、実演家団体である原告芸団協も加わった上で、同時再送 信について直接の権利を有する著作権者である原告日脚連らは放送の同時再送信について 使用の許諾を行い、直接の権利を有しない実演家団体である原告芸団協は、CATV事業 者から補償金を受け取ることを条件に放送事業者がCATV事業者に対して同時再送信の 許諾を行うことについて異議を述べないことを約定することとされた。他方、実演家と同 様の著作隣接権者ではあるものの、実演家とは異なり、著作隣接権として放送権・有線放 送権が認められていないレコード制作者については、著作権法上、放送事業者の権利を通 じて放送の同時再送信に関するレコード制作者の利益を図ることまでは想定されていなか ったことから、本件各団体契約書式によって利益を確保する基礎を有しないものとして、 本件各団体契約書式の当事者とならないこととされた。  (イ) 被告成田ケーブルテレビは平成元年12月26日に、被告行田ケーブルテレビは平 成14年9月18日に、被告銚子テレビは平成9年1月31日に、それぞれCATV連盟 に加盟し、現在もその会員である。  CATV番組供給者協議会が平成元年3月に発行した「CATVと著作権〜番組制作・ 供給の手引き〜」(甲30)には、本件各団体契約書式の内容を説明した上「実演家は放 送される実演を有線放送するときには、権利が働かない建て前になっているとさきに説明 したのに、5団体の中に芸団協が入っているのは、いわゆるワンチャンスで放送事業者を 通じて権利行使をすべきところを、上記の料金が支払われることによって、芸団協は再送 信に対し放送事業者に異議を申し立てない、とCATV局との契約で担保する構造になっ ているからです」(72頁)と記載されている。  また、CATV連盟が会員の各CATV事業者向けに作成し配布しているCATV事業 に関する著作権等の処理の解説書「ケーブルテレビと著作権2000」(ABC事件甲2 2、以下「甲22解説書」という。)には、本件団体契約書式について、次のとおりの記 載があり、CATV連盟は、本件各団体契約書式に関する昭和48年の上記合意が成立し て以来、上記と同様の説明を会員の各CATV事業者に対して行っていた。  @「ケーブルテレビ局が放送の再送信を行うためには、まず有線テレビジョン放送法に 基づいて放送事業者から同意を得なければなりません。・・・こうしたことを前提に、同 時再送信についての権利処理について説明します。結論からいいますと、有線放送にかか わる部分の権利はすべてケーブルテレビ局で処理することになります。・・・・・放送事 業者は当然のことながら、放送に関しては、すべて権利処理をしていますが、通常は有線 放送についての処理は行っていません。したがって、同時再送信であっても、別に権利処 理が必要となります。放送事業者としては、有線放送にかかわる部分まで権利処理費を負 担する理由もありませんし、実際問題としてできません。そこで、NHK、民放は放送の 再送信に同意するにあたって、おおむね次のような基本的な条件をつけています。この条 件は各局ともほぼ同じで・・・権利処理問題については「局以外の第三者の権利に関し処 理が必要な場合は、有線放送事業者の責任と負担で処理すること」などとなっています。 少なくとも以上の条件が満たされなければ、再送信の同意が得られないわけですが、現実 の問題として、番組で使用された著作物などの多種多様な権利を、ケーブルテレビ局が個 別に処理することは不可能です。では、実際はどうなっているかですが、JASRAC、 保護同盟、日脚連、シナ協、芸団協の5団体はそのメンバーの有線放送権について、各ケ ーブルテレビ局と契約を結び包括的な許諾をしています。・・・放送される実演を有線放 送することについては、著作権法上、実演家に権利はありません。したがって、5団体に 芸団協が加わっているのはおかしいのですが、いわば協力金といったような性格で対価の 分配を受けています。」(47頁〜48頁)  A「ブランケットルールとして最初に成立したのは、テレビ同時再送信処理についての ものでした。これは連盟が未だ法人化されていない昭和40年代に、当時のケーブルテレ ビ事業者有志が長い年月の苦労の末、権利者団体と折衝してまとめ上げたもので、ケーブ ル業界にとって著作権処理の記念すべき第一歩となりました。今では権利者団体と契約締 結すれば、テレビ再送信に際しての著作権使用許諾とその対価である使用料支払いが簡便 に実施できますが、連盟がとりまとめるブランケットルールはケーブル事業者にとって極 めて利便性を持っております。・・・なお、実演家の権利(著作隣接権)は、一般的に保 護強化される潮流にありますが、ケーブルでの同時再送信においては著作権法第92条2 項にあるように、厳密には「放送される実演を有線放送する場合は有線放送権は及ばない」 と規定されています。これにも拘らず、実演家の団体である芸団協が権利処理団体に入っ ているのは、権利者団体との権利処理交渉の妥協の産物でもあります(『テレビ同時再送 信契約書』で実演家部分が「使用料」でなく、「補償金」となっているのは、芸団協が通 常慣習的に使用している表現ということもありますが、以上のような背景があることも理 由になっています)」(68頁〜69頁)  B「ケーブル事業で空中波を再送信するにあたっては各放送事業者から再送信同意を得 る必要があります。ただし、この行為は有線テレビジョン放送法(第13条2項)に拠る ものです。・・・テレビ同時再送信に際して支払う著作権使用料は放送局に配分されるも のではありません。しかしながら一方で、放送事業者は有線放送権を持っておりますから (著作権法上99条)、これにより再送信については有テレ法の同意とは別の、著作権法 上の許諾権を持っているのは事実です。従って、放送事業者の再送信同意には著作権法上 の許諾という意味も備えております。・・・同意書には「放送の再送信に際しての著作権 処理はケーブルテレビ事業者が行うこと」などの文面も入っています。これは、放送され る番組を再送信することは放送番組に係る放送作家や音楽作曲家などの個々の権利(著作 権法第23条1項「公衆送信権」と表現)が「権利の束」となって働くことになりますの で、これをケーブル事業者自身が処理して下さいよ、という意味です。5団体との同時再 送信ブランケットルールはこの部分の処理に当たります。」(70頁〜71頁)  ウ 上記ア、イに認定したところによれば、本件各契約の契約書では、原告芸団協に支 払われる金員は、原告日脚連らに支払われる著作物の使用料とは、「補償金」、「乙の会 員の実演によって制作された放送番組を・・・同時再送信することに対し、放送事業者に 異議を申し立てないことを約定する」として明確に区別されている上、被告らは、本件各 契約を締結するに当たって、CATV連盟と権利者代表との上記交渉の経緯、本件各団体 契約書式による契約の内容、著作権法第92条2項に「放送される実演を有線放送する場 合」に実演家の有線放送権は及ばないと規定されているにもかかわらず実演家の団体であ る原告芸団協が契約当事者となっている意味、及び本件各契約のうち原告芸団協に係る契 約の部分については、著作物の使用料ではなく、第1条2項の「補償金」を支払うもので あることについて、認識していたものと認められる。  そうすると、原告芸団協に被告ら主張の欺罔行為があったとも、また本件各契約の内容 について被告らに錯誤があったとも認めることはできない。  (5) 以上検討したところによれば、被告らの詐欺及び錯誤の主張は、いずれも理由がな い。  原判決は、著作隣接権を有しない原告芸団協と締結した本件各契約は錯誤により無効と したが、失当であり、上記のように改める。  (6) 被告らは、仮に、本件各契約が無効でないとしても、原告らの請求は、著作権法に 違反するものであって認められないとも主張する。しかし、著作権法92条2項は、「放 送される実演を有線放送する場合」に実演家の有線放送権は及ばない旨規定するが、同規 定の趣旨は、実演家ないし実演家の団体である原告芸団協が、契約に基づき、放送の同時 再送信についてその利用の対価として「補償金」を受けることを禁止する趣旨であると解 することはできないから、本件各契約が著作権法に違反するものということはできない。 本件各契約は、実演家・放送事業者・有線放送事業者三者間の権利関係処理の簡便化を図 るという意味で一定の合理性を有するものであり、契約自由の原則からして容認できると 解される。  被告らの上記主張は失当である。 4 判例・信義則違反(被告らの主張(3))  (1) 被告らは、最高裁キャンディ事件判決によれば、二次的著作物の原著作者は、当該 著作物の著作者を含む他の権利者と共同しなければ権利行使なし得ないと主張する。しか し、上記判決は、二次的著作物の著作者による当該二次的著作物の複製行為に関し、原著 作物の著作者は、当該二次的著作物を合意によることなく利用することの差止めを求める ことができる旨を明らかにしたものであり、二次的著作物の原著作物の著作者が単独で第 三者に許諾権限を行使することができない旨を示したものではない。したがって、被告ら の上記主張は失当である。  (2) また、被告らは、原告らは脚本を二次的著作物とした場合の漫画家など、自らの著 作物の原著作者等に対しては、同時再送信について使用料を支払っていないが、自ら原著 作者の権利を侵害しながら、被告らに対する権利を主張するのは、権利の濫用、信義則違 反として許されないとも主張する。しかし、原告らが脚本を二次的著作物とした場合の原 著作者等に対して同時再送信について使用料を支払っていないとしても、そのことを理由 に、原告らの被告らに対する本件各契約に基づく権利行使が権利の濫用ないし信義則違反 になるということはできない。  被告らの上記主張も採用できない。 5 仲介業務法違反による無効の有無(被告らの主張(4))  (1) 被告らは、使用料規程における使用料率は、「著作物ノ種類及其利用方法ノ異ナル 毎ニ各別ニ定メ」(仲介業務法施行規則4条2項)なければならないところ、原告らの本 訴請求は、認可された使用料規程に基づく適法な請求とはいえないと主張する。  しかし、仲介業務法3条は、著作物の利用者を保護する観点から、仲介事業者の恣意的 な使用料設定を防止するために、いくら支払えば著作物等を利用することができるかを利 用者に明らかにし、その内容の適正さを確保するために、使用料規程について文化庁長官 の認可にかからしめることとしたものと解されるところ、同法施行規則4条1項の規定に より定められる使用料率の定めは、当該定めに基づき一義的に適正な額の使用料が導かれ るものであれば足り、具体的な使用料の額を定めることが困難なものについても一律に具 体的な使用料の額や使用料算定方式の定めを要するとまでは解されない。  そして、証拠(ABC事件甲23の1、24の1、25の1、26の1)及び弁論の全 趣旨によれば、原告日脚連ら4団体は、本件各契約締結当時、それぞれ文化庁長官の認可 を受けた使用料規程を有していたこと、原告日脚連、同シナリオ作家協会及び脱退原告保 護同盟の使用料規程のうち、有線放送事業者の行う放送の同時再送信について適用される 規程は、「著作物の性質、利用の目的、態様及びその他の事情に応じて、使用者と協議の 上定めるものとする」旨の内容であり、同様に原告音楽著作権協会の規程の内容は「原告 音楽著作権協会を含む著作権・著作隣接権団体が有線放送事業者と協議して定める料率に よることができる」旨の内容であること、本件各契約においては、テレビジョン放送の同 時再送信及びラジオ放送の同時再送信について、それぞれ使用料の算定方式が定められて いるものであることがそれぞれ認められる。以上の事実によれば、原告日脚連ら4団体は、 文化庁長官による認可を受けた使用料規程に基づき、それぞれの規程において、有線放送 事業者と協議の上で定めることとされている使用料の額について、本件各契約において有 線放送事業者である被告らとの間で定めたものであることが認められる。そうすると、文 化庁長官による認可を経て定められた原告日脚連ら4団体の使用料規程の範囲内において、 本件各契約が締結されたものということができるから、使用料規程における使用料率が仲 介業務法に違反するということはできない。  (2) 被告らは、原告芸団協は法的に同時再送信行為に対して何らの権利をも主張、行使 できず、これを行使することが信託法、信託業法、弁護士法に反して違法無効であると主 張する。しかし、本件各契約が著作権法に違反するものということはできないことは上記 3のとおりである。  また、原告らは、本件各契約に基づく本件使用料等を請求するものであることは上記2 のとおりであり、債権者である原告芸団協が本件各契約に基づく権利を行使することがで きない理由はないから、他に特段の事情が認められない本件において、これを行使するこ とが信託法、信託業法、弁護士法に反するということもできない。 6 期間満了の有無(被告らの主張(5))  被告らは、本件各契約は、いずれも有効期間が平成3年3月31日又は平成5年3月3 1日までであるから、既に契約期間が満了し、失効している(本件各契約第8条)と主張 する。  しかし、本件各契約第8条には、「本契約の期間満了の日の1か月前までに、甲ら乙ま たは丙から本契約の廃棄、変更について特別の意思表示が文書によってなされなかった場 合は、期間満了の日の翌日から起算しさらに1か年間その効力を有する。以降の満期のと きもまた同様とする」として、契約期間満了の日の1か月前までに、契約当事者から契約 の廃棄、変更について特別の意思表示が文書によってなされなかった場合は、期間満了の 日の翌日から起算しさらに1年間その効力を有すること、それ以降の満期のときもまた同 様であることが定められているところ、原告らが使用料等の請求の対象期間としている平 成7年度から平成11年度の間に被告らから本件各契約を解除する旨の意思表示がなされ たことを認めるに足りる証拠はない。被告らは、被告らが原告らに対して一貫して使用料 等を支払っていないこと等に照らせば、被告らが本件各契約を更新する意思がなかったこ とは明らかであるとも主張するが、前記契約条項からすると使用料等の不払いの事実のみ から本件各契約を解除する旨の意思表示がなされたものと認めることはできない。  被告らの期間満了の主張も理由がない。 7 消滅時効完成の有無(被告らの主張(6))  本件各契約においては、被告らは、各年度において定められる使用料等を、当該年度の 終了後2か月以内に原告ら5団体の代表である原告日脚連に持参又は送金して支払うべき 旨が定められている(第4条)ところ、証拠(ABC事件乙38の1〜6)によれば、各 年度は、4月1日に始まり翌年3月31日に終了することが認められる。したがって、本 件各契約に基づいて発生する使用料等の支払義務は、各年度末である3月31日から2か 月の経過した5月31日の経過をもって履行期が到来するものと認められる。  本件訴訟の経緯は、原告日脚連が、平成13年4月26日、被告らに対し訴えを提起し、 その後、原告シナリオ作家協会、同音楽著作権協会、同芸団協及び脱退原告保護同盟が、 平成14年2月26日に、被告らに訴えを提起し、これが併合されたものであることが記 録上明らかである。  そして、本件各契約に基づく使用料等の債権は、前記各第4条の規定により意思表示に よる不可分債権であると解される。したがって、原告芸団協の本件訴えの提起による請求 は、総債権者のために絶対的効力を生じる(民法429条参照)から、平成13年4月2 6日、原告ら全員のために時効中断の効力を生じたものというべきである。  そうすると、本件使用料等は被告らも自認するとおり商事債権であるところ、原告らが 本訴において請求する使用料等の最も早い履行期は、平成7年分についての平成8年5月 31日であり、上記訴え提起までに5年の時効期間を経過しないから、被告らの消滅時効 の主張は理由がない。 8 使用料・補償金  (1) 被告らは、業務運営状況報告書添付の損益計算書に計上されている利用料収入では、 期間中の利用者の増減が反映されないこととなるので、(当年度受信契約者数−前年度受 信契約者数/2+前年度受信契約者数)×単価3000円×12か月という算式による収 入を基礎となる収入とすべきと主張する。しかし、本件各契約第2条においては、使用料 ・補償金の合計金額は、丙が当該年度に受領すべき利用料総額に所定の料率を乗じて算出 した額とする旨、第3条においては、丙は、業務運営状況報告書により当該年度の利用料 収入の報告を行うべき旨が定められているのであるから、本件各契約においては、期間中 の利用者の増減にかかわらず、業務運営状況報告書に記載された利用料収入を基礎とすべ きであり、被告らの上記主張は採用することができない。  また、被告らは、被告成田ケーブルテレビについては、電波障害回線利用料収入、コン バータリース料、自営柱電気代、番組購入費、番組表制作費及び番組表通信費が、被告銚 子テレビについては、コンバータリース料及びチャンネルガイド誌料が、被告行田ケーブ ルテレビについては、コンバータリース料、ガイド誌料が控除されるべきであると主張し、 弁論の全趣旨によれば、業務運営状況報告書に記載された利用料収入の中に、@電波障害 施設利用料収入、Aペイチャンネル収入、Bホームターミナル利用料収入及びC番組ガイ ド誌購読料収入のような収入が含まれている場合には、これらが同時再送信にかかわる収 入(基本利用料、受信料)でないことから、原告らは、被告らがその金額を証明する帳簿 書類等を提出した場合には、当該金額を控除した金額を基とした使用料、補償金を計算す る扱いとしていることが認められる。しかし、本件各契約においては、利益ではなく収入 を基礎として使用料等を算定すべきものと規定されているのであるから、被告成田ケーブ ルテレビの自営柱電気代及び番組購入費を控除すべきものとは認められない。また、別紙 使用料計算表のとおり、被告成田ケーブルテレビのコンバータリース料、被告行田ケーブ ルテレビのコンバータリース料及びガイド誌料(同表のD「ガイド誌制作・発送」欄)並 びに被告銚子テレビのチャンネルガイド誌料(同表のD「チャンネルガイド」欄)は、当 審における原告らの請求額において既に控除済みである。被告成田ケーブルテレビの電波 障害回線利用料収入について、同被告は、乙43、60、61を提出する。しかし、乙4 3は、その体裁から同被告が本件訴訟に提出するために作成した一覧表にすぎないものと 認められるところ、当審において提出された乙60、61は、いずれも弁論が終結された 当審第6回口頭弁論期日において突然提出されたものであり、乙60は、同被告の従業員 が作成した報告書にすぎず、添付の「加入申込書兼契約書」もその真正な成立を認めるに 足りる証拠はなく、乙61は、同被告の従業員がファイルを撮影した写真にすぎず、いず れも乙43の記載内容を裏付けるものということはできない。次に、被告銚子テレビのコ ンバータリース料について、同被告は、乙64を提出する。しかし、乙64も、上記口頭 弁論期日において突然提出されたものであり、その体裁も同被告の代表者作成の陳述書で あって、客観的な裏付けを有するものということはできない。したがって、他に特段の立 証がない本件においては、被告成田ケーブルテレビの電波障害回線利用料収入及び被告銚 子テレビのコンバータリース料については、これを控除すべきものと認めることはできな い。  (2) 以上検討したところによれば、本件各契約に基づく本件使用料等の額は、別紙使用 料計算表のとおりであると認められる。 9 結論  よって、被告らの本件各控訴は理由がないから棄却し、原告芸団協の本件各控訴及び原 告日脚連ら4団体の本件各附帯控訴並びに当審における拡張請求はいずれも理由があるか ら、上記控訴及び附帯控訴に基づき原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 中野 哲弘    裁判官 岡本 岳    裁判官 上田 卓哉