・知財高判平成18年3月29日  スメルゲット事件:控訴審  本件は、インターネット上のホームページでシックハウス症候群対策品である「スメル ゲット」及び「ホルムゲット」の広告販売を行う会社である株式会社ラフィーネから営業 権の譲渡を受けた原告・控訴人(有限会社トライアル)が、ラフィーネの著作物である写 真及び文章を被告・被控訴人ら(株式会社プラスマークス、有限会社ティーエムピープラ ス)が無断で利用したことにより著作権侵害が生じ、同侵害により発生した損害賠償請求 権(民法709条)を控訴人がラフィーネから譲り受けたなどと主張して、被控訴人らに 対し、損害賠償及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。  原審は請求棄却。  判決は、写真について「本件各写真の創作性は極めて低いものではあるが、被控訴人ら による侵害行為の態様は、本件各写真をそのままコピーして被控訴人ホームページに掲載 したというものである……から、本件各写真について複製権の侵害があったものというこ とができる」として(これに対して、文章については類似性否定)、原告の請求を認容し て、被控訴人らに対し、連帯して1万円および遅延損害金の支払いを命じた。 (第一審:横浜地判平成17年5月17日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件各写真、本件各文章及び本件ホームページの著作物性並びに著作 権侵害の有無)について (1) 本件各写真の著作物性及び著作権侵害の有無について ア 写真は、被写体の選択・組合せ・配置、構図・カメラアングルの設定、 シャッターチャンスの捕捉、被写体と光線との関係(順光、逆光、斜光等)、陰影の 付け方、色彩の配合、部分の強調・省略、背景等の諸要素を総合してなる一つの表 現である。  このような表現は、レンズの選択、露光の調節、シャッタースピードや被写界深 度の設定、照明等の撮影技法を駆使した成果として得られることもあれば、オート フォーカスカメラやデジタルカメラの機械的作用を利用した結果として得られるこ ともある。また、構図やシャッターチャンスのように人為的操作により決定される ことの多い要素についても、偶然にシャッターチャンスを捉えた場合のように、撮 影者の意図を離れて偶然の結果に左右されることもある。  そして、ある写真が、どのような撮影技法を用いて得られたものであるのかを、 その写真自体から知ることは困難であることが多く、写真から知り得るのは、結果 として得られた表現の内容である。撮影に当たってどのような技法が用いられたの かにかかわらず、静物や風景を撮影した写真でも、その構図、光線、背景等には何 らかの独自性が表れることが多く、結果として得られた写真の表現自体に独自性が 表れ、創作性の存在を肯定し得る場合があるというべきである。  もっとも、創作性の存在が肯定される場合でも、その写真における表現の独自性 がどの程度のものであるかによって、創作性の程度に高度なものから微少なものま で大きな差異があることはいうまでもないから、著作物の保護の範囲、仕方等は、 そうした差異に大きく依存するものというべきである。したがって、創作性が微少 な場合には、当該写真をそのままコピーして利用したような場合にほぼ限定して複 製権侵害を肯定するにとどめるべきものである。 イ 以上のような観点から、本件各写真の著作物性について検討する。 (ア) 本件各写真は、本件ホームページで商品を広告販売するために撮影され たものであり、その内容は、次のとおりである(甲1)。  本件写真1は、固形据え置きタイプの商品を、大小サイズ1個ずつ横に並べ、ラ ベルが若干内向きとなるように配置して、正面斜め上から撮影したものである。光 線は右斜め上から照射され、左下方向に短い影が形成されている。背景は、薄いブ ルーとなっている。  本件写真2は、霧吹きタイプの商品を、水平に寝かせた状態で横に2個並べ、画 面の上下方向に対して若干斜めになるように配置して、真上から撮影したものであ る。光線は右側から照射され、左側に影が形成されている。背景は、オフホワイト となっている。  以上から、本件各写真には、被写体の組合せ・配置、構図・カメラアングル、光 線・陰影、背景等にそれなりの独自性が表れているということができる。 (イ) なお、比較のために、被控訴人らにおいて同じタイプの商品を撮影した 写真をみると、次のとおりである。  固形据え置きタイプの商品については、大小サイズ1個ずつを横に並べた上、ラ ベルが正面となるように配置して、ほぼ正面から撮影し、背景を濃いブルー又は薄 いブルーとしたもの(甲2、6)、同じサイズ2個を横に並べてほぼ正面から撮影 し、背景を濃いブルーとしたもの(甲7)、1個をほぼ正面から撮影し、背景を薄 いブルーとしたもの(甲4、7)、2個を前後するように配置して正面から撮影し、 背景の上半分を黄土色、下半分を灰色としたもの(甲4)があるが、本件写真1は、 これらのいずれとも被写体の組合せ・配置、構図・カメラアングル等が異なってい る。また、本件写真1の被写体とされた商品はブルーであり、背景と同色系である が、被控訴人らの上記写真の被写体とされた商品はグリーンであり、背景とは異な る系統の配色となっている。  霧吹きタイプの商品については、1個を垂直に立てた状態で固形据え置きタイプ の商品と組み合わせて配置したもの(甲4)、2個を垂直に立てた状態で横に並べ、 背景を薄いブルーとしたもの(甲6)、1個を垂直に立て、背景を薄いブルーとし たもの(甲7)があり、本件写真2は、これらのいずれとも被写体の組合せ・配置、 背景等が異なっている。  以上のとおり、本件各写真は、同じタイプの商品を撮影した被控訴人らによる写 真と比較しても、被写体の組合せ・配置、構図・カメラアングル、色彩の配合、背 景等が異なっており、これらの要素を総合した全体の表現としても、異なる印象を 与えるものである。 (ウ) 確かに、本件各写真は、ホームページで商品を紹介するための手段とし て撮影されたものであり、同じタイプの商品を撮影した他の写真と比べて、殊更に 商品の高級感を醸し出す等の特異な印象を与えるものではなく、むしろ商品を紹介 する写真として平凡な印象を与えるものであるとの見方もあり得る。しかし、本件 各写真については、前記認定のとおり、被写体の組合せ・配置、構図・カメラアン グル、光線・陰影、背景等にそれなりの独自性が表れているのであるから、創作性 の存在を肯定することができ、著作物性はあるものというべきである。他方、上記 判示から明らかなように、その創作性の程度は極めて低いものであって、著作物性 を肯定し得る限界事例に近いものといわざるを得ない。 ウ そこで、本件各写真の複製権の侵害の有無について考えるに、本件各写真 の創作性は極めて低いものではあるが、被控訴人らによる侵害行為の態様は、本件 各写真をそのままコピーして被控訴人ホームページに掲載したというものである (同事実は当事者間に争いがない。)から、本件各写真について複製権の侵害があっ たものということができる。 (2) 本件各文章に関する著作権侵害の有無について ア 本件各文章については、これがそのまま被控訴人ホームページに掲載され たものではなく、本件各文章の一部と共通した部分を有する被控訴人各文章が掲載 されているので、両文章の共通部分が創作的表現といえるか否かについて検討する。 イ 本件各文章と被控訴人各文章との共通部分は、次のとおりである。 (ア) 本件文章1について、「新築の団地に引越」「娘がアトピー性皮膚炎にか かり」「アレルギー体質となってしまいました」との部分。 (イ) 本件文章2について、「今までほとんど風邪もひかず、元気だった」「自 宅をリフォーム」「ぜんそくを発症」との部分。 (ウ) 本件各文章3について、「新築マンションを購入」「引越してすぐに鼻が きかなくなり」との部分。 ウ 以上の共通部分は、シックハウス症候群が疑われる例を普通に用いられる ありふれた言葉で表現したものにすぎず、表現上の格別な工夫があるとはいえない。 したがって、本件各文章と被控訴人各文章とは、表現上の創作性がない部分にお いて同一性を有するにすぎないから、本件各文章について複製権ないし翻案権の侵 害があったということはできない。 (3) 本件ホームページに関する著作権侵害の有無について  控訴人は、本件ホームページが編集著作物であって被控訴人ホームページの公開 により本件ホームページの複製権ないし翻案権が侵害されていると主張する。  しかし、本件ホームページと被控訴人ホームページとの共通点として控訴人によ り指摘されているのは、商品の写真や、商品を説明する文章自体の共通点であり、 ホームページ自体の素材の選択や配列における共通点が指摘されているものではな い。また、本件ホームページと被控訴人ホームページとを比較しても、シックハウ ス症候群が疑われる例を複数併記している点や、商品の写真を文章の左側に配置し ている点などが共通しているにすぎず(甲1、8)、このような素材の選択や配列に おける共通点はありふれたものであって、表現上の創作性がない部分について同一 性を有するにすぎない。  したがって、本件ホームページについて編集著作物としての複製権ないし翻案権 の侵害があったということはできない。 2 争点(2)(被控訴人らの行為により生じた損害)について  以上のとおり、本件各写真について被控訴人らによる複製権侵害が認められるの で、これにより生じた損害について検討する。 (1) 逸失利益について  本件各写真は本件ホームページで商品の広告販売を行うために作成されたもので あり、同様にホームページで広告販売を行う会社である被控訴人らが、本件各写真 を8か月間にわたり被控訴人ホームページに掲載して同一商品の広告販売を行った ことにより、ラフィーネには何らかの逸失利益の損害が生じたものと認められる。  もっとも、被控訴人らが自ら同一商品の写真を撮影して被控訴人ホームページに 掲載することは容易であり、本件各写真が被控訴人らの撮影した写真と比べて格別 に優れているわけでもないことに照らせば、本件各写真を被控訴人ホームページに 掲載したことにより被控訴人らがどの程度の利益を受けたのかは不明であり、また、 本件各写真を他社に使用させる場合の使用料も不明である。  したがって、本件においては逸失利益の額を証明することが極めて困難であるか ら、著作権法114条の5に基づき相当な損害額を認定するほかなく、その額につ いては、上記事情も考慮して、1万円とするのが相当である。 (2) 慰謝料について  被控訴人らの複製権侵害行為により生じた損害は、前記(1)の損害に対する損害 賠償によって回復されるのであって、本件事実関係の下においては、著作権侵害に よる慰謝料請求権が発生したということはできない。なお、控訴人の請求がラフィー ネの著作者人格権の侵害に基づく慰謝料請求権を譲り受けてなす請求を含むもので あると解したとしても、被控訴人らの行為がラフィーネの公表権、氏名表示権ない し同一性保持権を侵害することについての具体的な主張はなく、また、証拠上もこ れらの侵害を基礎付ける事実は認め難いから、やはり慰謝料請求権が発生したとは いえない。 3 結論  以上によれば、控訴人の請求は、被控訴人らに対して損害賠償として1万円及び これに対する不法行為の後である平成15年6月28日から支払済みまで民法所定 の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を命ずる限度で理由があるから、主文 のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 田中昌利 裁判官 清水知恵子