・東京地判平成18年12月21日  東京アウトサイダーズ事件:第一審  本件は、原告(A)が、被告らに対し、被告B(ロバート・ホワイティング)が執筆 し、被告会社(株式会社角川書店)が出版する書籍『東京アウトサイダーズ』について、 原告が撮影し、著作権を有する写真(当時の夫であるC(ウォリー・ゲイダ)が長男を抱 いている姿)が無断使用されているとして、被告会社に対し、本件書籍1および2の出版 等差止め及び在庫の廃棄を、被告らに対し著作権(著作財産権及び著作者人格権)侵害を 原因とする不法行為に基づく損害賠償として金110万円の損害賠償を求めた事案。  判決は、「本件写真は、父子の姿を捉えたその構図やシャッターチャンスにおいて、創 作性が認められ」るとした上で、「本件書籍における上記のような利用は、本件写真のう ち、Cの顔と上半身が撮影されている部分を、その背景の一部も含めて、その風貌を示す ために書籍に複製利用しているのであって、写真の著作物として利用していることにほか ならない」などとして、差止および損害賠償の請求を認容した。 (控訴審:知財高判平成19年5月31日) ■争 点 (1)原告が本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得したか(争点1)。 (2)原告が本件写真の著作権を譲渡したか(争点2)。 (3)本件写真の本件書籍への掲載が写真の著作物としての利用に当たらないといえる か(争点3)。 (4)本件書籍全体の差止め及び廃棄が認められるか(争点4)。 (5)本件写真の本件書籍への掲載について、被告らに過失があるか(争点5)。 (6)損害の額(争点6)。 ■判決 第4 当裁判所の判断 1 争点1(原告が本件写真を撮影したことによって、その著作権を取得したか)につい て (1)証拠(甲1、5、6)によれば、本件写真は、原告が、1970年(昭和45年) 8月ころ、当時暮らしていたマレーシア国ジョホールバルの自宅で、当時の夫のCが長男 を抱いている姿を撮影したものであることが認められる。なお、この撮影が、Cの嘱託に 基づくものであることを認めるに足りる証拠はない。 (2)前記認定のとおり、原告は、本件写真を撮影した者である。写真を撮影する場合に は、家族の写真であっても、被写体の構図やシャッターチャンスの捉え方において撮影者 の創作性を認めることができ、著作物性を有するものというべきである。  本件写真は、父子の姿を捉えたその構図やシャッターチャンスにおいて、創作性が認め られ、その著作物性を肯定することができ、撮影者である原告がその著作権を取得する。  被告らは、写真については、 露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の 設定、現像の手法等に工夫を凝らしたことによる創作性が必要であると主張する。しかし、 写真については、上記のとおり、被写体の構図やシャッターチャンスの捉え方からもその 著作物性を肯定することができるというべきであり、被告らの主張は採用し得ない。 (3)なお、本件写真は、日本国籍を有する原告により、現行著作権法施行以前に日本国 外で撮影されたものであるから、旧著作権法の解釈上、日本国の著作権法による保護を受 けるものである。そして、本件写真の撮影がC(米国国籍)の嘱託に基づくものと認める に足りる証拠はないから(旧著作権法25条参照、撮影者である原告が撮影により著作権 を取得したことは明らか)である。 2 争点2(原告が本件写真の著作権を譲渡したか)について  被告らは、「原告は、本件写真の著作権を、Cに譲渡した。」旨主張する。 しかし、被告らが主張するように、被告Bが、Cの親友であった訴外亡Dから、本件書籍 の出版のためにCの肖像が撮影されている写真を正当に入手したとしても、このことは、 本件写真の複製物を訴外亡Dが所有していたことを示すだけであり、原告が本件写真の著 作権をCに譲渡したことを意味することにはならない。また、被告らは、スナップ写真の ように「薄い著作権(thin copyright)」しか認められない写真について は、被写体であり、かつ、現像された写真現物を所持していたCに著作権が承継されてい たと考えるのが自然であると主張する。しかし、原告が本件写真のネガを所持しているこ と(甲1、6、弁論の全趣旨)からすれば、原告は、本件写真の複製を行い得る立場にあ ったのであるから、写真の複製物の所有権をCないしは訴外亡Dに譲渡したとはいえても、 写真の著作権自体を譲渡したことを認めることはできないというべきである。  よって、原告が本件写真の著作権を譲渡した事実を認めるに足りる証拠はない。  3 争点3(本件写真の本件書籍への掲載が写真の著作物としての利用に当たらないとい えるか)について  本件写真は、原告が夫であったCと同人に抱きかかえられた子どもを、その庭を背景と して撮影した家族の写真であり、Cの顔と上半身が撮影されている。  そして、本件書籍においては、その口絵において、本件写真のうちのCの顔と上半身と その背景の一部が、Cの風貌を紹介する目的で、掲載されている。  本件書籍における上記のような利用は、本件写真のうち、Cの顔と上半身が撮影されて いる部分を、その背景の一部も含めて、その風貌を示すために書籍に複製利用しているの であって、写真の著作物として利用していることにほかならない。被告らは、本件書籍に おいては、本件写真の著作物性を基礎付ける露光その他の撮影上の創意工夫といった著作 物としての要素を鑑賞させる目的が一切ないことから、写真の著作物として利用するもの ではないと主張する。  しかし、本件書籍の口絵に掲載されている写真が本件写真であることは、被写体の構図 やその背景から明らかであるから、本件写真の撮影に際してなされた被写体の構図等の創 意工夫は、一部とはいえそのまま本件書籍に再現されているのである。したがって被告ら が、創作的表現である本件写真をその一部において複製使用しているのは明らかであり、 被告らの主張は採用することができない。 4 争点4(本件書籍全体の差止め及び廃棄が認められるか)について  証拠(甲4、乙4、5)によれば、本件書籍は、Cを含む外国人の日本における活動を 評伝風に描いたノンフィクションであること、本件書籍における本件写真の使用部分は、 口絵の写真中の一部にすぎないことが認められる。  以上のとおり、本件写真の著作権を侵害している箇所は、本件書籍のごく一部分である。 しかし、本件書籍が本件写真を口絵に掲載して、全体として一冊の本として出版発行され ている限りは、本件書籍の出版により、原告の意思に反して本件写真の無断複製物を頒布 することになるのであるから、本件写真を掲載した本件書籍の印刷・出版発行の差止めを 認めざるを得ない(換言すれば、本件写真が掲載されている部分を削除すれば、本件書籍 を頒布することは可能である。)。ただし、本件書籍はノンフィクションの書物であって、 写真部分と文章部分は可分であり、本件書籍の大半を占める文書部分とその余の写真部分 は、本件写真の著作権侵害とは無関係な部分であることからすれば、本件写真の著作権を 侵害している箇所に限って、その廃棄が認められるというべきである。 5 争点5(本件写真の本件書籍への掲載について、被告らに過失があるか)について (1)証拠(甲5)によれば、原告は、訴外亡Dに本件写真を渡していないことが認めら れる。 (2)被告らは、被告Bは、Cの親友であった訴外亡Dから、本件書籍の出版のためにC の肖像が撮影されている写真を正当に入手し、かつ、その入手に当たって訴外亡Dから使 用許可を得ていた旨主張する。しかし、かかる入手経緯について、具体的にこれを裏付け る証拠はないだけでなく、仮にこのような入手経緯であったとしても、訴外亡Dが本件写 真の複製物を所持していることが、訴外亡Dが本件写真の著作権を有していることの証拠 となるものではないことは明らかである。現に、本件写真のネガは原告が所持しているの である。  出版活動に携わる被告らとしては、取材に応じた者から写真の提供があったとしても、 その者がその写真のネガなどを管理しており、その写真を撮影したことを窺わせる事情が ない限り、写真の撮影者が別にいて、著作権を有しているという事態を容易に想定し得る ところである。被告らは、単に、訴外亡Dから本件写真の使用許可を得ている旨の主張を しているだけであり、かかる主張を前提としても著作権者に対する確認作業は何ら行われ ていないのであるから、写真使用時に問題となり得る著作権処理について十分な措置を講 じたとは言い難く、著作権侵害につき過失があるものといわざるを得ない。  被告らは、本件写真の著作物性があるとしても、その部分の利用を目的としていないこ とを主張する。しかし、かかる主張自体、採用できないことは既に述べたとおりである。  被告らは、また、スナップ写真については、その著作権者が誰であるかを厳密に調査す る慣行がなく、仮に、そのような調査を行うとしても、そのような調査は一般的に困難で あると主張する。しかし、上記慣行についてこれを認めるに足りる証拠はないし、被告B が本件写真を入手した際に、著作権者への問合せをする必要がなかったといえる状況があ ったことを認めるに足りる証拠はない。さらに、被告らは、原告に電話取材した際に、原 告から名前を出さないよう頼まれたと主張する。しかし、かかる主張を認めるに足りる証 拠はない上、取材源として名前を出して欲しくないということと、本件写真の使用許諾を したこととは別の問題である。  したがって、被告らの各主張は採用できず、被告らは著作権侵害につき過失を免れない というべきである。 6 争点6(損害の額)について (1)複製権侵害に基づく損害賠償について ア 証拠(乙1)によれば、株式会社オリオン(オリオンプレス)では、書籍における中 1頁(表紙、裏表紙、見開き部分でない頁)の1頁以内に1色で(カラーでなく)使用す る場合の使用料金は、1点あたり1万5000円であること、同一利用者が同一写真を複 数回使用する場合には、70%の料金となることが認められる。  証拠(乙2)によれば、株式会社セブンフォト(世界文化フォト)では、書籍の中面 (表紙、裏表紙でない頁)でモノクロにて使用する場合の使用料金は、1点あたり2万円 であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場合には、70%の料金 となることが認められる。  証拠(乙3)によれば、株式会社アフロでは、書籍でのワンカットとしての使用料金は 1点あたり2万5000円を基準とすること、モノクロにて使用する場合にはその80% (すなわち、2万円)であること、同一利用者が同一写真を1年以内に複数回使用する場 合には、70%の料金となることが認められる。 イ 既に述べたとおり、被告らは、著作権者である原告に無断で本件写真を複製使用して いるので、原告は、使用料相当額を損害賠償として請求することができる。使用料相当額 を認めるに当たっては、前記ア認定のとおり、書籍における写真の使用料は、書籍の発行 部数に比例して決定されるものではないことからすると、本件においても、同様の方法で 算定することが相当である。そして、前記ア認定の使用料の額を参考にしつつ、本件写真 は、被告らの発行する書籍において取上げられているCの風貌を示すために使用されてい るのであって、他の写真で容易に代替できるものではないこと、前記ア認定の使用料は、 写真エージェンシー事業者が代替性のある写真(宣伝広告等に使用される写真)について 定めたものであることを考慮すれば、本件写真の複製権侵害に基づく使用料相当額は、本 件書籍1への掲載につき3万円、本件書籍2への掲載につき2万円であると認めるのが相 当である(なお、本件書籍2による複製権侵害は、同書籍発行日に生じるものであるから、 遅延損害金の起算点は本件書籍2の発行日であると解するのが相当である。)。 (2)著作者人格権侵害に基づく損害賠償(慰謝料)について  被告らによる本件写真の本件書籍への掲載により、著作者である原告は、本件写真につ いて有する公表権及び氏名表示権を侵害されている。また、本件写真は、Cが乳児を抱え ている姿を撮影した写真であるのに対し、Cの上半身部分のみを取り出して本件書籍に掲 載されているのであるから、原告が有する同一性保持権を侵害することは明らかである。  なお、被告らは、「原告は本件書籍への氏名の表示を拒んでいた。」と主張する。しか し、これを認めるに足りる証拠がないし、そもそも、原告が本件写真の掲載を承諾したこ とが認められないのであるから、被告らの主張は失当である。  本件写真は、原告がその夫と子供をプライベートに撮影したものであり、本来、公表を 予定しないものであったにもかかわらず、本件書籍(単行本及び文庫本)に掲載されて広 く頒布されたこと、本件書籍は、「東京アウトサイダーズ」と題する書籍であり、その文 庫本の裏表紙に「一攫千金を夢見るアウトサイダーたちが世界中から集まる街・東京。天 才詐欺師、…政治家を手玉にとるロビイスト、世界各国の諜報部員…夜の東京に暗躍する アウトローたちに、日本のヤミ社会はビッグ・チャンスと失望を与えてきた。」(甲4) と記載され、口絵に掲載された本件写真には、「元CIAのCは…」と紹介されているこ となどから(甲4、乙4、5)、原告が本件書籍に本件写真の掲載を承諾しないことには 合理的な理由があること、さらに、本件書籍においては、父子の姿を撮影した本件写真に ついて、父の部分の顔と上半身とその背景の一部のみを切除して使用するという同一性保 持権を侵害する態様で複製使用されたこと、他方、本件写真は日常生活の中で撮影された 写真であり、被告らにとって、その著作者を見つけ出すことが必ずしも容易ではなかった ことからすれば、原告が著作者人格権(公表権、氏名表示権及び同一性保持権)の侵害に より被った精神的損害の慰謝料としては、30万円と認めるのが相当である。 (3)弁護士費用について  本件事案の内容、外国在住の原告が訴訟追行のため訴訟代理人弁護士の選任を余儀なく されたことその他本件訴訟に表れた一切の事情に鑑みれば、被告らの行為と相当因果関係 のある弁護士費用相当の損害額は、10万円であると認めるのが相当である。 (4)以上によれば、被告らは、原告に対し、連帯して45万円の損害賠償義務を負うも のである。 7 結論  よって、原告の請求は、被告会社に対し、本件写真の複製物を掲載した本件書籍を印刷、 頒布することの差止め及び本件写真を掲載した部分の廃棄を、被告らに対し、連帯して金 45万円の損害賠償及び内金43万円については本件書籍1の発行日(不法行為日)の後 の日である平成14年4月27日から、内金2万円については本件書籍2の発行日(不法 行為日)である平成16年1月25日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による 遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを、認容し、その余の請求は理由が ないので、棄却することとし、主文のとおり判決する。  東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 設樂 隆一    裁判官 古河 謙一    裁判官 吉川 泉 別紙 書籍目録 1 題名 東京アウトサイダーズ 東京アンダーワールド〈2〉  著者 B  訳者 E  版型 四六版  発行年月日 平成14年4月20日  ISBN 4−04−791410−X−C0398  定価 1890円(税込) 2 題名 東京アウトサイダーズ 東京アンダーワールド〈2〉  著者 B  訳者 E、F  版型 文庫版  発行年月日 平成16年1月25日  ISBN 4−04−247105−6−C0198  定価 740円(税込)