・東京地判平成19年11月16日  「おりがみあそび」事件  本件は、原告(ほりたみわ)が、被告ら(株式会社スタジオダンク、株式会社泉書房) において、その製作、販売に係る書籍『頭がよくなるおりがみあそび』に、原告作成に係 るイラストを複製して使用した際、(1)本件各イラストを本文中の挿絵としてのみ使用す るという使用許諾の範囲を逸脱して、許諾がないのに本件書籍の表紙に使用したことによ り著作権(複製権)を侵害し、(2)本件書籍に原告の氏名又はペンネームを表示しなかっ たこと、本件各イラストの複製を表紙に使用した際、原画の色と著しく異なる色を用いる とともに、イラストに描かれたキャラクターの大きさを変更したことにより著作者人格権 (氏名表示権・同一性保持権)を侵害したとして、被告泉書房に対し、著作者人格権に基 づき、本件書籍の頒布の差止めを求めるとともに、被告らに対し、著作権侵害及び著作者 人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。  被告スタジオダンクの発注書には、依頼内容として『折り紙と紙遊びに関するムックの プロセスカット、遊び方のイラスト』の作成との記載があった。  判決は、「本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについての原告の許諾を得 ていたということはできない」として、複製権、氏名表示権、同一性保持権の侵害を認め て、差止および損害賠償の請求を認容した。 ■争 点 (1) 本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについての原告の許諾 の有無 (2) 著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害の有無 (3) 原告の損害額 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 前記争いのない事実等並びに証拠(甲4ないし6、乙1)及び弁論の全趣旨 を総合すると、以下の事実が認められる。 (1) 被告スタジオダンクは、平成18年7月5日、原告に対し、以下の文面 の電子メールにより、本件書籍に用いるイラストの作成を注文し、原告は、 これを受注した。(争いのない事実等、甲4)  「折り紙と紙遊びに関するムックのプロセスカット、遊び方のイラストを お願いしたいと思っております。イラストはすべて2色で、イラスト点数は アイコン的なものから大きめのカットまで、併せて120点ほどを予定して おります。値段についてですが、大きさによって1点1000円〜2000 円でお願いしたいと思っております。期限ですが、来週末7/14までにす べての完成イラストを頂きたいと思っております。急なお話で申し訳ないの ですが、ご検討のほどよろしくお願い致します。」 (2) 原告は、本件各イラストを含む本件全イラスト合計57点を作成し、平 成18年7月14日、これらを被告スタジオダンクに交付した。(争いのな い事実等、甲4)  本件各イラストの内容は、以下のとおりである。 ア 本件各イラストのうち、本件イラスト1ないし4は、被告スタジオダン クが発注した「遊び方のイラスト」に当たる。遊び方のイラストとは、完 成した折り紙の遊び方を読者に説明するため、折り紙の完成図に付される イラストである。  また、本件イラスト5の@ないしBは、同じく被告スタジオダンクが発 注した「折り紙に関するプロセスカット」に当たる。プロセスカットとは、 折り紙の折り方についての説明部分に付されるイラストである。 イ 本件各イラストは、別紙著作物目録記載のとおり、ウサギ、リス、ネコ、 クマ及びパンダを擬人化したキャラクターから構成されている。原告は、 これらのうち、本件イラスト5の@ないしBにおいて、リスのキャラクタ ーを、可愛さ、幼さという性格を持たせるため、意図的に他のキャラクタ ーより小さく描いている。 ウ 本件各イラストに使用された色は、別紙著作物目録記載のとおり、赤と 黒を基本とし、この2色に濃淡がつけられてそれぞれに着色されている。 (3) 被告スタジオダンクは、原告から受け取ったイラストを複製して使用し た本件書籍を製作し、被告泉書房は、平成18年10月25日、本件書籍を 出版した。  本件書籍におけるイラストの使用状況は、以下のとおりである。 ア 本件全イラストの複製は、本件書籍の本文中の挿絵として使用されてい るほか、本件各イラストの複製が、別紙表紙イラスト目録記載のとおり、 表紙にも使用されている。 イ 本件書籍の表紙の左下の「泉書房」の文字の左の位置には、別紙表紙イ ラスト目録記載のとおり、折り紙を作成しているウサギ、リス、ネコ、ク マ及びパンダの各キャラクターのイラスト(本件イラスト5の@ないしB から適宜キャラクターを選択して複製したもの)が掲載されており、その うち、リスのキャラクター(本件イラスト5のAの右端に記載されたもの を複製したもの)は、他のキャラクターと同じ大きさで描かれている。 ウ 表紙に用いられた本件各表紙イラストには、原画で用いられていた赤と 黒の他、青、緑、茶、黄等、複数の色が付けられている。 (4) 本件書籍の奥書には、「カバーデザイン」を行った者及び「デザイン」 を行った者として、原告以外の者の氏名が記載されている。  本件書籍中には、原告の氏名又はペンネームは記載されていない。 2 争点(1)(本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについての許諾 の有無)について (1) 前記1で認定した事実によれば、原告は、被告スタジオダンクとの間で、 原告が本件書籍のイラストの原画を作成する請負契約及び原告の作成したイ ラストの原画の使用を被告スタジオダンクに許諾する使用許諾契約を締結し たものということができる。  被告らは、上記使用許諾契約においては、イラストの使用範囲についての 限定はなく、表紙への使用も許諾されていたと解すべきである旨主張する。 上記契約については、契約書が作成されておらず、原告が被告スタジオダ ンクからの発注を受注するに当たり、当事者間で、イラストの使用範囲につ いて話合いが行われた形跡もない。しかしながら、前記1で認定した事実に よれば、被告スタジオダンクの発注書には、依頼内容として「折り紙と紙遊 びに関するムックのプロセスカット、遊び方のイラスト」の作成との記載が ある。弁論の全趣旨によれば、プロセスカットとは、折り紙の作成過程を示 すため、折り方についての説明部分に付されるイラストであり、遊び方のイ ラストとは、完成した折り紙の遊び方を読者に説明するため、折り紙の完成 図に付されるイラストであって、いずれのイラストも、書籍の本文中に用い られることが予定されているものであって、当然に表紙にも用いられること が予定されているものとはいえないことが認められ、これに反する証拠はな い。実際に原告が作成したイラストの点数は合計57点であり、この点数は、 本文中での使用を前提とするものであるということができる。そして、一般 に書籍の表紙部分は書籍の第一印象を決める本の顔ともいえる重要な部分で あるといえるから、表紙に用いられるイラストについては、作者において表 紙にふさわしいものとするよう配慮するのが一般的であると考えられること に鑑みると、原告において、その作成に係る57点の本件全イラストの中か ら、被告スタジオダンクが任意のものを選んで表紙に使用することを許諾し ていたとはにわかに考え難い。また、本件全証拠によっても、出版業界にお いて使用を規制する明確な合意のない限り、本文中のイラストを表紙に使用 することが許容されるとの慣行等があると認めることはできない。これらの 事情に照らすと、本件使用許諾契約において、本件各イラストを本件書籍の 表紙に使用することについて原告の許諾があったと認めるには足りないとい うべきである。 (2) 以上によれば、本件各イラストを本件書籍の表紙に使用することについ ての原告の許諾を得ていたということはできないから、被告スタジオダンク は、使用許諾の範囲を超えて、本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に用 いて本件書籍を製作し、本件各イラストについての原告の著作権(複製権) を侵害したものというべきであり、そのことについて少なくとも過失がある。 そして、被告泉書房は、被告スタジオダンクと本店所在地が同一で、被告ら の代表取締役がそれぞれ他の被告の取締役を兼ね、被告スタジオダンクの製 作した書籍を出版するという業務を行っており、本件書籍の製作過程につい ても良く知り得る立場にあったと認められるから、原告の使用許諾を得ない で製作した部分を含む本件書籍を出版したことについて少なくとも過失が認 められる。したがって、被告らの行為は、原告の著作権(複製権)を侵害す る共同不法行為(民法719条)に当たる。 3 争点(2)(著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害の有無)につい て (1) 氏名表示権侵害の有無について  本件書籍に、本件全イラストの作成者として原告の氏名が表示されておら ず、かえって本件書籍の奥書にはカバーデザイン及びデザインを行った者と して他者の氏名が表示されていることは、当事者間に争いがない。  上記の事実によれば、被告スタジオダンクは、本件書籍の製作に当たり、 本件全イラストの作成者としての原告の氏名表示権を侵害したというべきで あり、このことについて少なくとも過失がある。  前記2(2)で説示したところによれば、被告泉書房は、原告の氏名表示権 を侵害する本件書籍を出版したことについて少なくとも過失が認められ、被 告スタジオダンクと共同不法行為責任を負うと解すべきである。 (2) 同一性保持権侵害について ア イラストの色について (ア) 前記1で認定した事実によれば、原告は、被告スタジオダンクから、 すべてのイラストにつき、1点のイラストに用いる色を2色とするとの 指示の下に発注を受け、同指示に従い、別紙著作物目録に記載のとおり、 本件各イラストのそれぞれにつき、2色を用いて着色をした上、これを 被告スタジオダンクに交付したところ、同被告は、本件各イラストの複 製に、原画には用いられていなかった青、緑、茶、黄等、複数の色を着 色した上、本件書籍に掲載したものであり、これにより、本件各表紙イ ラストが与える印象は原画とは異なるものとなっていることは明らかで ある。  一般に、イラストは、線描のみならず、その色調の違いのみによって も見る者に異なる印象を与えるから、色の選択は、基本的には、イラス トレーターが自己の作風を表現するものとして、イラストレーターの人 格的な利益に関わるというべきであり、本件各イラストの色を変更した 被告スタジオダンクの行為は、著作者である原告の意に反する改変に当 たり、本件各イラストについての原告の同一性保持権を侵害したという べきである。本件全証拠によっても、上記の改変につき、原告の明示な いし黙示の同意があったとも、やむを得ない改変に当たる事情があった とも認めることはできない。 (イ) そうすると、本件各イラストの色を変更して本件書籍に用いた被告 スタジオダンクの行為は、原告の著作者人格権を侵害するものであり、 被告泉書房がこのような本件書籍を出版したことについて被告スタジオ ダンクと共同不法行為責任を負うべきことは既に説示したところと同じ である。 イ イラストの大きさについて (ア) イラストの大きさ、特に、他のイラストとの関係で認識される相対 的な大きさについても、色調と同様、その違いによって見る者に異なる 印象を与えるから、その選択は、イラストレーターが自己の作風を表現 するものとして、イラストレーターの人格的な利益に関わるものである ということができる。  前記1で認定した事実によれば、原告は、本件イラスト5の@ないし Bにおいて、リスのキャラクターを、可愛さ、幼さという性格を持たせ ることを意図して、他のキャラクターより小さく描いたところ、被告ス タジオダンクは、本件イラスト5のAのリスのキャラクターにつき、本 件書籍の表紙に他のキャラクターと同じ大きさで描いたものであり、こ のような改変は、著作者である原告の意に反するものであるということ ができるから、原告の本件イラスト5のAの同一性保持権を侵害したと いうべきである。本件全証拠によっても、上記の改変につき、原告の明 示ないし黙示の同意があったとも、やむを得ない改変に当たる事情があ ったとも認めることはできない。 (イ) そうすると、本件イラスト5のAのリスのキャラクターの大きさを 他のキャラクターと同じ大きさにして本件書籍に用いた被告スタジオダ ンクの行為は、原告の著作者人格権を侵害するものであり、このような 本件書籍を出版した被告泉書房が被告スタジオダンクと共同不法行為責 任を負うべきことは既に説示したところと同じである。 4 争点(3)(原告の損害)について (1) 前記2、3で説示したところによれば、@被告らが原告の許諾を得ずに 本件各イラストの複製を本件書籍の表紙に使用した行為は、原告の有する著 作権(複製権)を侵害するものであり、A被告らが本件書籍に原告の氏名又 はペンネームを記載しなかった行為は、原告の本件全イラストについての氏 名表示権を侵害するものであり、B被告らが本件各イラストの色を改変した 行為及び本件イラスト5のAのリスのキャラクターの大きさを改変した行為 は、原告の同一性保持権を侵害するものであり、原告は、被告泉書房に対し、 本件書籍の頒布の差止請求権を有するとともに、被告らに対し、著作権侵害 及び著作者人格権侵害の共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。 (2) 著作権(複製権)侵害についての損害額  前記2で説示したところによれば、原告は、被告らの著作権(複製権)侵 害行為により、本件各イラストを表紙に用いた場合の許諾料相当額の損害を 被ったというべきである。原告は、前記許諾料相当額について、原告が他で 表紙のイラストを作成した際に、原稿料として7万円が支払われたことを示 す証拠として甲第7号証を提出し、この金額が許諾料相当額であると主張す る。しかしながら、同号証は、原稿料の支払の対象とされたイラストの内容 や点数、掲載の対象とされた物が不明であることから、同号証記載の金額を 直ちに本件の損害額とすることはできず、他に使用許諾料相当額について的 確な証拠のない本件においては、控え目な損害額の算定の観点から、許諾料 相当額は3万円であると認めるのが相当である。 (3) 著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)についての損害額  前記3で説示したところによれば、原告は、被告らの著作者人格権侵害行 為によって精神的苦痛を被ったものと認められ、前記認定に係る侵害の態様 等を勘案すると、原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料額は30万円が相 当である。 5 結 論  以上によれば、原告の本訴請求は、被告泉書房に対し本件書籍の頒布の差止 め並びに被告らに対し連帯して33万円及びこれに対する不法行為の日(本件 書籍の出版日)である平成18年10月25日から支払済みまで民法所定の年 5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容 し、その余は理由がないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の 負担につき民訴法64条1項本文、61条、65条1項本文を、仮執行の宣言 につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 阿部 正幸    裁判官 平田 直人    裁判官 瀬田 浩久