渡邊大志研究室    

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2017/08/29 笑う劇場論コラム 其の二


 2013年夏にインド・ラダック地方を旅した。
 4000m前後の標高を行ったり来たりした旅で、私は昼夜の寒暖差にやられて這々の態であった。外に出て廻るのがしんどくなったある午後の時間を利用して、模型を一つ作った。
スケッチ用に持ち歩いていた四裁画用紙と現地で手に入れたソーイングセットのミニチュアはさみと、あまり付きが良いとは言えないスティック糊といった、今ある材料で作った簡素な模型であった
。 それが「全体建築論ノート・精霊計画の動機」にも掲載したストゥーパの模型である。
 この旅は、7世紀に西安からインド・ナーランダへ旅した三蔵玄奘の路程の一部をなぞられた旅でもあった。そのためラダックの風景を模型に留めようとしたとき、西遊記の舞台装置を想定して作ることにしたのであった。
大きなストゥーパが割れると、ラダック地方の巨大な岩山と星空を背景に孫悟空が岩の中から登場するシーンを模型にした。
 物の中にあるモノを表そうとした模型であり、内部に秘匿された別の宇宙の星空を外の世界とはトポロジカルな状態で模型で表現しようとしたものであった。内外は、これも持ち合わせの水溶色鉛筆で着色したので、
ところどころ色が混ざって物質が溶融したかように見えるのは偶然であった。

 巡り合わせで大阪に笑いの劇場を設計する契機に恵まれ、最近、20代の頃に集めた劇場や舞台装置の資料や書籍をパラパラとめくっている。めくっていたうちの一冊に、1992年に開催された「ホックニーのオペラ展」の図録があった。
ホックニーの舞台は、もしかして演劇が好きかな、と自分で思い始めようとした時分に興味が惹かれたものの一つである。
 数多く収録されたホックニーの手作りによる舞台装置の模型の中で、1977年の「魔笛」のための模型にふと目がとまった。「岩場の風景」と題された41X53X30センチの小さな模型である。
その中央に置かれた岩が割れて、中から夜の女王が登場する。割れた岩の中、つまり登場した夜の女王の背景は星空で埋め尽くされており、女王と同時に岩の外の世界に星と夜が流れ出ていく装置であった。
 「そうか」と思った。私がラダックで作った模型の夜空は外に出て行かずにストゥーパの中に留まっているが、この模型に似ているのであった。後からこのことに気がついたわけだが、
きっと意識の奥底にこの記憶があってそれが手から知らず知らずに呼び起こされたに違いない。その後色々と知識を付けようとたくさんの舞台や劇場を見たが、
自分で自分を教育しようとする前に惹かれたものが結局は出てきてしまうということであろうか?
 わざわざラダックまで行って、その空気の中で作った模型は私の好きな模型に似ていた。旅から数年経って、初めて私はくすくすと自分の腹の底を笑ったのである。


2017年8月29日
渡邊大志


2017/08/25 笑う劇場論コラム 其の一


 建築のことを考えていく上で、テーマにしたいとこれまで思ってきたことは2つある。
 一つは倉庫であり、もう一つは演劇である。
 現在、倉庫への興味はインフラ論へと展開し、演劇への興味は儀式への興味へと立ち入りつつある。
 演劇に関して言えば、芸能は演劇と儀式のちょうど中間くらいに位置するものであろう。日本では中国の散楽に由来した田楽、散楽、能の系譜がある。
 しかしながら、これら今で言うところの伝統芸能は、明日生きていることの保証はどこにもない中世の死生観が強く影響したもので、時代が下って洗練されていくに従って「笑い」という要素は排除されていった。
世阿弥の能は狂言という笑いと近代的に分離する道を選んだのである。
 それに対して、日本の芸能の始まりは天の岩戸伝説のアメノウズメノミコトの裸踊りであるとする説もある。
高千穂の天の岩戸神社に行けば、笑いながら裸踊りをするアメノウズメをその他の神々が大笑いして囲む姿が今でも描かれている。
高千穂のお神楽はその再現であり、日本の農村歌舞伎くらいまでは聴衆もまた笑ってこれを鑑賞していた。
 視点を世界に広げてみれば、演劇の始まりはギリシア悲劇であるという。ニーチェの「悲劇の誕生」は演劇でデフォルメされた人間の情念をアポロン的なるものとディオニソス的なるものに大別し、
そのさじ加減によって構造的にこれを把握しようとした。どうやらギリシア喜劇は悲劇の後に語られることが多く、現在に至るまで私たちはどうも悲劇の方が喜劇よりも上等なのではないかと考える節がある。
このことは多くは明治期に輸入されたヨーロッパの演劇であり、劇場の影響ではなかろうか。夏目漱石と坪内逍遥という対極の人物はそれぞれこのことに気付きながら、それでも全く異なる道を歩んでいった。
津野海太郎の「滑稽な巨人」は今でも私のバイブルであるが、これは逍遥の悲劇を喜劇と読み替えてその可能性を現代性に重ねて幻視させようという試みであったであろう。
私たちは逍遥を笑いながら自分を笑うの構図が仕組まれていた。
 ことにユーモアというのは悲劇に比べて難しいものである。人間が死んだり、目標が成就しないことはいつの時代も悲劇に違いないが、ユーモアは同じ事実についても時代によってユーモアか否かが変わってしまうからである。
チャップリンが世界的な喜劇人であれたのは、「独裁者」や「モダン・タイムス」を笑える時代と場所をその劇場舞台としてセットしたからに他ならない。今、トランプ大統領を笑う喜劇を作っても、
それは現実に対しての皮肉にこそなれ、真の笑いは起きないであろう。何故ならば、トランプ大統領自身がユーチューブやツイッターで発信するユーモアの方が作り物のユーモアを超えてしまい、 作り物のユーモアを見ても現実を想起した人々の顔は引きつるばかりであるからだ。
 私は何の脈絡もなく裸踊りで笑わせる笑いを面白いとは思わない。笑いは人の深層心理をついて生まれるものと思うからである。
落語家の歌丸は「笑わせているのではなく笑われているのを知れ」の科白を吐いた。誠に笑いは難しい。


2017年8月25日
渡邊大志


2017/08/16 打ち合わせ記録


建築サイドのディレクターである石山修武氏のディレクションの下、作業を進めている。
佐藤氏への連絡も兼ねて、以下ページに記しておく。

前回の打ち合わせを踏まえ、スケール感を把握するために1/200の連続平面図と展開図
の形式でこれまでのアイディアを集合させたスケッチを描いた。
これを見た石山氏の反応がよろしくないのは最初の一瞬で承知した。
この劇場は日本を代表するお笑い芸人のプロダクションが主催する笑劇場である。
そのプロジェクトの性質からして、このスケッチには重要なことが3点欠けている。

1.「笑い」という「人間であること」の根本的な感情の突き抜けた表現が不十分である。
東京というグローバルな都市の漂白的なエレガンシーの趣向が拭いきれておらず、シナリオで揶揄された「小洒落日本」になってしまっている。
この点はこのプロジェクトのみならずいつも気にかかっていることなので、余程の注意が必要であろう。

2.もっと直裁な物質感によって、抽象性を排除するべきこと。特にグッズ販売のショッピング店舗や茶店のデザインにアイデアが出ていない。

3.日本庭園の白州部分もまた、上記1と2と通底して凡庸なままである。

以上を踏まえ、次回は劇場正面のデザインを進めるとともに、特に、ロビーから見たその裏側の
姿、茶店、ショッピング店舗のデザインを考えることにしたい。


渡邊大志



2017/08/09 クールジャパン大阪


COOL JAPAN OSAKA

ディレクター兼シナリオに高平哲郎氏を迎え、大阪城公園に2年間の劇場作りが始まります。
建築家の石山修武氏、佐藤研吾氏と共同設計させていただくことになりました。
そのダイジェストの細部を徐々にお知らせしていきます。


2017年8月8日 渡邊大志



以下は「外連国小洒落日本」のシナリオのための日本庭園(劇場ロビー)のスケッチです。


石山修武


渡邊大志









佐藤研吾












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