西洋古版本の手ほどき 2011 No.7              雪嶋宏一 2011/11/18


ロンドンの印刷出版事情1

イングランドの人口(Suarez 2009, 3-11)
1696 5,118,000人  
1700 農業従事者55% 都市人口17% ロンドン郊外20万人 ロンドン9% 
    15歳以上の読書人口1,267,000 (males 815,000, females 452,000)
1714 識字率 男45% 女25%
1723 Society for Promoting Christian Knowledgeの慈善学校1329校、生徒数23,421
1756 6,149,000 識字率 女40%
    15歳以上の読書人口1,894,000 (males 1,136,000, females 758,000)
1781 7,206,000
1795 識字率 男60%
1800 農業従事者40% 都市人口28%(1700の2.8倍の人口)
    読書人口2,928,000 (males 1,681,000, females 1,247,000)
1801 8,671,000 ロンドン959,000 (11%) マンチェスター89,000 リヴァプール83,000
1818 平日学校18,500校 生徒数644,000
1831 13,254,000  識字率 男66% 女50%
    成人読書人口4,287,000 (males 2,461,000, females 1,826,000)


ESTC(English Short Title Catalogue, http://estc.bl.uk/F/?func=file&file_name=login-bl-estc )によれば15世紀から1800年までのロンドンにおける印刷出版物は1501-1600年が12,980点、1601-1700年までが101,105点、1701-1800年までが204,210点。
ロンドンの印刷出版の中心地はセント・ポールズ大聖堂境内およびそこから西に延びるFleet Street界隈。英国の発展にともない18世紀にはヨーロッパ有数の出版大国に発展した。その時代の最大のヒット作の一つが英国最初の近代英語辞典であるサミュエル・ジョンソン『英語辞典』である。


サミュエル・ジョンソン『英語辞典』、1755年初版、フォリオ2巻本
Samuel Johnson, A Dictionary of the English Language. London : pirinted by William Strahan, 1755. Folio, 2 vols.

サミュエル・ジョンソン(1709-84)
スタフォードシャー、リッチフィールド生まれ、父マイケルはロンドンで本屋の修行をして、地元で書籍商を営み、一時は地元の名士として主席治安官を務めた。サミュエルは小さい時から本の虫で相当な読書をしていたという。地元のグラマースクールでラテン語、ギリシア語を学び、オックスフォードのペンブルック・コレッジに入学。13か月余りを過ごし、読書に時間を費やした。父危篤で帰郷、父の死後稼業を継ぐがうまくゆかず、職業を転々とする。ジェロニモ・ロボ『アビシニア航海記』の翻訳(1735年刊、5ギニーの収入)、エリザベス・ポーターと結婚。1737年ロンドン移転、Gentleman’s Magazine(エドワード・ケイブ編集)に職を見つけ、作品を寄稿、『リチャード・サヴェッジ伝』など。また、ハーリー卿(Robert Harley, Earl of Oxford, 1661-1724)の蔵書整理、目録作成を手掛けて8巻本の目録作成(The Harleian Miscellany, 1744-46)。
 出版人ロバート・ドズリー(Dodsley)の説得があってジョンソンは英語辞典編纂を請け負う(1746)。出版人にはP. Knapton, T. Longman, T. Shewell, C. Hitch, A. Millar, R. Dodsleyが名を連ねる。契約金は分割払いで1500ギニー(1575ポンド)。印刷業者William Strahanの工房近くの17 Gough Sqに家を借り(現Dr Johnson’ House)、屋根裏部屋で辞書の執筆を行う。ジョンソンの原稿を書きうつす写字生を雇い仕事を行う。1747年8月にPlan of a Dictionaryを発表(34ページのパンフレット)、3年間で辞書を完成させる計画であった。言葉の用例を探すために16世紀後半から同時代までのさまざまな本を読むことに時間を費やし、辞典の特徴である単語の豊富な用例が盛り込まれる。
辞書編纂の間に一人雑誌Rambler(1751)、The Adventurer(1752-55)を発表。
『英語辞典』最初の70シートの印刷は1750年12月、次の50シートが53年5月、続く100シート以上が53年10月、第2巻は53年4月以降に着手、出版はジョンソンがオックスフォードで修士号を取得するまで待つ(1755年2月20日)。4月にPlan of a Dictionary第2版刊行により辞典出版を告げる。
4月10日に最初の10部がStationer’s Company ホールに納入。フォリオ2巻本(各巻580葉)、序文と標題の活字はenglish(4.6mm)、本文はpica(3.5mm)を使用、2欄組。15日に4ポンド10シリング、2000部発売。出版の総経費は約4500ポンド、9000ポンドの収入が見込まれた。
『英語辞典』の成功がジョンソンの作家としての地位を確立した。以降、辞典の改訂版を生涯にわたって刊行するとともに文学作品を次々と生み出した。ESTCにはJohnsonの作品729版登録。
William Strahan(1715-85) スコットランド出身、18世紀英国で最有力な印刷業者となり、アダム・スミス『国富論』(1776)、ギボン『ローマ帝国の衰退と滅亡』(1776)など英国を代表する書物を多数印行。ESTCに1997版登録、うち1856版が政府刊行物。Strahanが手掛けたJohnson作品は『英語辞典』が最初で、以降その各版および代表作37版。

『英語辞典』諸版 
ジョンソンは『英語辞典』初版を手沢本として訂正増補を書きこんでいた(British Library & Yale University Library分蔵)。それらは第4版で利用された。辞典は高価なフォリオ判よりも廉価版である略述版で普及。

第2版 1755.6.14-56 165冊分刷発行、vol. 1:2300部、vol. 2:768部、全冊購入で4ポンド2シリング6ペンス。
略述版@Abridged Dictionary, first ed. 1756. 2 vols. 8vo. vol.1: 287葉, vol.2: 272葉。
英語史の部分は削除、定義短縮、難解な語彙と用例の引用文を省略。10シリング。
略述ダブリン版@Abridged Dictionary , Dublin ed. Printed for Geo. And Alex. Ewing, 1758. 8vo. 1 vol. 476葉.
略述版AAbridged Dictionary, second ed. 1760.  
略述ダブリン版AAbridged Dictionary, second Dublin ed. 1764.  
第3版 1765.10. 1024部発行。
略述版BAbridged Dictionary, ‘third’ ed. 1766.
略述ダブリン版BAbridged Dictionary, third Dublin ed. 1768.
略述版CAbridged Dictionary, ‘fourth’ ed. 1770.
略述ダブリン版CAbridged Dictionary, ‘fifth’ ed. 1773.
第4版(改訂版) 1773. 1250部発行、4ポンド10シリング
‘The words are deduced from their originals, and illustrated in their different significations by examples from the best writers.’ Vol.1: 580葉、vol.2: 592葉.
略述版DAbridged Dictionary, ‘fifth’ ed. 1773. 2 vols. 8vo.
ダブリン版Dublin ed. first issue, 1775. 2 vols. 4to. Vol.1: 713葉、vol.2: 640葉.限定版
ダブリン版Dublin ed. second issue, 1777. 限定版
略述版EAbridged Dictionary, ‘sixth’ ed. 1778. 2 vols. 8vo. vol.1: 288葉, vol.2: 273葉.
略述版FAbridged Dictionary, ‘seventh’ ed. 1783.
第5版 1784.12.25 1000部発行、4ポンド10シリング 最後のフォリオ2巻本
版権切れ以降
ハリソン版Harrison’s ed. 1785.10-87. Folio. 週刊100号、2ポンド10シリング
第6版、4to. 1785.11 週刊84号、2ポンド2シリング
略述版GAbridged Dictionary, ‘sixth’ ed. 1786. 2 vols. 8vo.


参考文献:
ヘンリーヒッチングス著、ジョンソン博士の『英語辞典』、田中京子訳、みすず書房、2007.
Fleeman, J.D. A bibliography of the works of Samuel Johnson: treating his publisjed works from the beginnings to 1984. Vol.1-2. Oxford: Clarendon Press, 2000.
Reddick, Allen. The making of Johnson’s Dictionary, 1746-1773. Rev. ed. Cambridge: University Press, 1996 (Cambridge studies in publishing and printing history).