文献紹介

「遊牧という文化 -移動の生活戦略-」松井健,2001,吉川弘文館歴史文化ライブラリー

山田真弓

 本書は西南アジアにおける著者の二十余年にわたる調査研究をもとに書かれた。
 筆者は彼らの生活様式に着眼し、牧畜を専業としているのか、あるいは牧畜以外の経済活動にも関わりを持つかによって、西南アジアの遊牧民を2つの類型に分けている。
 遊牧民が牧畜のみで生計を立てられるかは、牧畜生産物を換金可能な環境をどれだけ有しているかに左右される。都市バザールのような商業活動が可能な場を自らの行動半径の中に含んでいるか否かによって、牧畜専業となるか、あるいは牧畜以外の様々な経済活動を行うようになるかが決定されることになる。
 筆者は例として、前者にパシュトゥーン遊牧民、後者にバルーチュ遊牧民を取り上げ、彼らの遊牧のあり方からどのような経済活動を行って生計を立てていっているかを記述している。
 アフガニスタンの山地を取り囲むように分布するパシュトゥーン遊牧民の遊牧域にはカンダハールやヘラートなどの都市が分布しており、彼らの飼うカラクルと呼ばれるヒツジの毛皮は都市のバザールで高値で取引される。高い商業的価値を持つ産物を扱うことによって、パシュトゥーン遊牧民は牧畜専業の生活を保っている。
 一方、バルーチュ遊牧民の住むマクラーン地方は岩砂漠地帯であり、商業活動に適した大都市は殆ど発展しなかった。点在するオアシスでも商業活動は盛んとは言い難く、バルーチュ遊牧民も家畜を扱った取引の場が限られているため、自然と牧畜のみでなく多様な分野で経済活動を行わざるを得ない。
 また著者は、遊牧民の個々の集団の文化的特質を政治的な側面から捉えようと試みている。パシュトゥーン遊牧民は国家との関わりを密にすることで遊動の際の摩擦を少なくしようとし、バルーチュ遊牧民は経済上の不利益を避ける為に対外的な交渉をなるべく持たないようにしているなど、遊牧生活における経済活動の違いを政治的な対外関係を背景に読み解いている。
 定住民の側からすると、遊牧民とは「牧畜を主生業として遊動する」生活を送る人々という漠然としたイメージに包含されてしまうだろう。しかし、各々の遊牧の方法は経済活動と密接に結びついており、また経済活動は政治的な要素を無視できない。本書では、それまでひとくくりに「遊動生活」として捉えられてきた遊牧民文化を、遊動や牧畜の方法を詳しく見ていくことにより、もう一歩奥に踏み込んだ考察を試みている。