障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

浜島 恭子(はましま きょうこ)  特定非営利活動法人DPI日本会議


■報告題目

イギリス社会ケアのパーソナライゼーション施策をめぐる事例の検討

■報告キーワード

社会ケアのパーソナライゼーション、キャッシュ・フォー・ケア

■報告要旨

 イギリスにおける社会ケアのダイレクトペイメント(DP)制度は障害当事者運動が戦略的に勝ち取ったという一面をもち(ヒューマンケア協会ケアマネジメント研究委員会、1998;杉野、1999;小川、2005;田中、2005;岡部、2006;勝又、2008)施行後既に10数年の実績がある。現在そのイギリス(イングランド)において、公共サービスの近代化施策の一環として(Newman, et al., 2008)、「パーソナライゼーション」と呼ばれる、サービス供給における戦後最大の改革が行われている(Department of Health, 2007;Slasberg et al., 2012)。
 パーソナライゼーションという言葉は1つの定義に収まらない幅広い概念を含むと見られ(Dickinson and Glasby, 2010)、また施策を立案した前新労働党政権と引き継いだ現連立政権との間に方向性の違いがあることも指摘されている(白P、2012)。具体的な制度としては、DPを含めた複数の方法から予算管理方法を選ぶことができる社会ケアサービスの個人予算を通じ、利用者がサービスを委任(commission)する仕組みで、DPの発展系とも言い得る。知的障害者関係団体等も参加した半官半民の団体(現在は社会的企業)In Controlがこの仕組みを開発した後、2010年からの全国展開に先立って先行事業が行われ、利用者が高い満足感を示したことが報告されている(小川、2009)。
 施策推進の声として、パーソナライゼーションを通じ、サービス利用者がより本人主導を発揮し、選択とコントロールを増やすということが期待されている(Leadbeater, 2004)。同時に、従来型の社会ケアサービスよりも大幅に費用を抑えることができるとも主張されている(Leadbeater, 2008)。また社会的企業にとっては新たな商機が期待されている(Murdock, 2009)。一方で、ここ20年間ほど社会ケアサービス提供事業所の役割を多く担ってきたNPOにとってはパーソナライゼーションが逆境となり得ることが示唆されている(Murdock, 2009)。さらに政府の描くサービス利用者像(圷、2008)に合致しない人たちが施策から取り残されかねないという危惧も言及されている(Malkin, 2011;白P、2012)。また既に、社会ケアの近代化によって他に支援のネットワークを持たない利用者が社会資源を失ってきている状況も指摘されている(Rethink mental illness, 2008)。これらデイセンターなど社会資源の多くは地域の小規模NPOにより運営されてきたが、一方で、これらは両政権共通して期待をかける「活動的な市民」のボランティア参加の拠点でもある(Shiina, 2012)。
 ロンドンC区における地域ケアの変化を追った事例報告(DPI日本会議、2013)を見ると、施策開始とほぼ同時期から展開されてきた大幅財政緊縮施策と相まって、デイセンターなど地域の社会資源が縮小・消滅する方向にパーソナライゼーション施策が一役買っている傾向が見られる。またこれら社会資源が不可欠な生活上の基盤として存在している人たちがいることがサービス利用者の声として伝わってくる。これら施策の目指す目的と現実との間に見えるギャップには、今後の施策の効果について深刻な疑問を抱かせる面が見られる。パーソナライゼーションが進むなか、ここで懸念される、施策に取り残されかねない利用者への支援が今後どのような展開を示していくかには注視が必要と思われる。

[文献]
圷洋一. 2008.福祉国家における「社会市場」と「準市場」. 季刊社会保障研究. 44 (1), PP.82-93
岡部耕典. 2006.『障害者自立支援法とケアの自律 ダイレクトペイメントとパーソナルアシスタンス』明石書店
小川喜道. 2005.『障害者の自立支援とパーソナル・アシスタンス、ダイレクト・ペイメント 英国障害者福祉の変革』明石書店
小川喜道. 2009.障害者福祉―ダイレクト・ペイメントの行方―.海外社会保障研究.169
勝又幸子. 2008. ダイレクトペイメント施行から10年−イギリスの障害者社会サービスの現状と課題. 勝又幸子他『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究 平成17-19年度 総合研究報告書』国立社会保障・人口問題研究所. pp.151-172
杉野昭博. 1999.第13 章 対人社会サービス(3)−障害者−.武川正吾,塩野谷祐一編.『先進国の社会保障1 イギリス』東京大学出版会,pp.299-314
白瀬由美香. 2012. イギリスのパーソナライゼーション施策:選択を重視したケア推進の意義と課題.障害学研究.第8, pp.86-106
田中耕一郎. 2005.『障害者運動と価値形成――日英の比較から』現代書館
DPI日本会議. 2013.「イギリス社会ケアの動向」.『障害者エンパワメントと本人中心支援のあり方研究事業報告書』PP.61-70
ヒューマンケア協会ケアマネジメント研究委員会.1998.『障害当事者が提案する地域ケアシステム―英国コミュニティケアへの当事者の挑戦―』ヒューマンケア協会
Department of Health. 2007. Putting people first: a shared vision and commitment to the transformation of adult social care
Dickinson, H. and Glasby, J. 2010 . The personalisation agenda: implications for the third sector.
Third Sector Research Centre:Working Paper 30
Leadbeater, C. 2004. Personalisation through participation: a new script for public services. Demos,
London.
Leadbeater, C. 16 Jan 2008. The Guardian. This time it's personal .
Malkin, E. 2011.‘Voluntary and Community Organisations Engaging with Personalisation’
Newman, J., Glendenning, C. and Hughes, M. 2008. Beyond Modernisation? Social Care and the Transformation of Welfare Governance. Journal of Social Policy, 37 ( 4), pp 531-557.
Rethink mental illness. 2008. Rethink Policy Statement 66: Personalisation and severe mental illness
Slasberg, C., Beresford, P. and Schofield, P. 2012. Can personal budgets really deliver better outcome for all at no cost? Reviewing the evidence, costs and quality. Disability and Society. 27(7),pp.1029-1034
Shiina, K.H. 2012. “Do values, motivations and commitments of volunteers in adult social/mental health care differ between contracted and non-contracted voluntary organisations?”