障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

小川 喜道 (おがわ よしみち)   神奈川工科大学

■報告題目

イギリスの障害者福祉に関わるSelf-Directed Supportの動向

■報告キーワード

パーソナライゼーション、パーソナル・バジェット

■報告要旨

1. はじめに
 我が国の障害者に対する福祉サービスは、相談支援事業者にその計画が委ねられる方向にある。計画相談支援等に金銭的対価をつけることで、”専門性”を担保する構造である。生活上の支援計画と実施は、本来、生活のしにくさや自己実現に対応したサービスであり、個々の困り感、好み、望みなどに沿うべきものである。形式的な“専門性”が強化されれば、”当事者”側には受動的なプロセスを強いることにもなる。
 イギリスにおける成人障害者の福祉サービスには7つの原則が立てられているが、その一つに「パーソナライゼーション」がある。これは、行政、サービス提供機関がコントロールするのではなく、障害ある個人が自らのケアをコントロールする意味合いがある。そして、その原則の支えとなっている制度がパーソナル・バジェットであり、全ての受給適確者に提供され得ることになっている。ダイレクト・ペイメントか否かに関わらず、すなわち、障害者が自らのケアの経費を運用するか否かに関わらず、原則的にケアの運用主体を障害者本人に置くことが原則となっている。本発表において、日英の福祉サービス提供のプロセスを比較することで、我が国の課題を明らかにしたい。

2. イギリスのケアサービス受給のプロセス
 我が国の障害程度区分認定に対して、イギリスのそれに当たるものとしてはFair Access to Care Servicesがある。これは、福祉サービスの受給資格基準であり、リスクに関する4段階がある。「危機的リスク」は、次のような恐れがある場合を指している:生命の危険、重要な健康問題、身辺環境の重要部分への選択や制御、深刻な虐待または放置、基本的な身辺処理または家事、労働、教育への参加、重要な社会的支援システムや関係の保持、重要な家族内あるいはその他の社会的役割や責任。そして「高度のリスク」とは、前述の事柄の多くが含まれ、「中等度のリスク」はそのいくつかが、「低リスク」はその1、2が関係する場合を指している。ここで注目すべきは、身辺処理、家事、労働、教育、学習への制限も危機的状態にみなされることである。主体的に生活を送る上でのリスクを抑えるためのサービス提供、その必要性を判断することになる。
 その上で、ケアサービスを受給する7つのステップが存在する。そこで、障害者が主体性を発揮できるように促しており、このプロセスがSelf-Directed Supportであるが、ここで1、2のステップを例示する。「アセスメント」では、自己のニーズ把握をするセルフ・アセスメントが進められている。ワーカーの質問に受動的に答えるのではなく、日常生活の遂行に関することに限らず、自らの強み、好み、望みなどを明確に伝えることである。そのための、障害者団体、支援機関の取り組みが行われており、高次脳機能障害により自らのアセスメントが行いにくい場合に、アウトリーチで支援している例もある。また、「サービス経費の管理」では、生活の質保障とそれに必要な金銭管理を行うことになるが、ここでは、ダイレクト・ペイメントに限らず、外部機関に委ねることも選択できるので、パーソナル・バジェットの利用率は増加傾向にある。

3. Self-Directed Supportに基づくパーソナル・バジェットの動向
 イングランドでは、毎年約150万人の高齢者・障害者が社会ケアを利用しており、160万人のケアワーカーが働き、その事業団体は17,000と言われている。こうした中で、25万人がパーソナル・バジェットを利用していると推測されている。2013年までに全ての福祉サービスを受けている人たちにパーソナル・バジェットが提供されることとなっている。
 パーソナル・バジェットに関する調査(Personal Budgets Outcome Evaluation、10自治体協力)によれば、その利用者の内、65歳以上43%、45-64歳31%、16-44歳26%、となっている。そして、16-64歳の年齢層では知的障害17%、精神障害8%、身体障害25%、の割合である。知的・精神の障害がある人たちの利用が多いのは、Mental Capacity Actなど意思決定を支援するシステムの下支えがあることも大きいと考えられる。
 Self-Directed Support、パーソナル・バジェットの有効性は、前述した障害者団体、支援団体の側面的サポートやIndependent Mental Capacity Advocacy Serviceの機能に深く関連するところがある。

(注) Self-Directed Supportを「本人主導によるサポート」と訳してきたが、関連文献では他の表現をしているので、ここでは原語のままとした。

【参考文献】
1) Department of Health: A vision for Adult Social Care: Capable Communities and Active Citizens, 2010, p.8
2) Social Care Institute for Excellence: Facts about FACS 2010: A guide to Fair Access to Care Services, 2010
3) Hatton, C. & Waters, J.: National Personal Budget Survey, in Control & Lancaster University, 2011
4) 河野正輝: 障害者の自己決定権と給付決定の公正性−イギリスにおける自己管理型支援の法的試み−、障害学研究、障害学会、9号、2013、pp.96-129