障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

阪本 英樹 (さかもと ひでき)

■報告題目

元始、人は皆障害者である ~龍を好む書生や映画『ET』から「障害学」を考える~


■報告要旨

この世は舞台、男も女もみな役者だ。
出番の時もあれば、退場する時もある。
一人の人間は幾通りの役回りがやってくる。[1]
七つの幕が用意されている。

 上記のセリフはシェイクスピアの『お気に召すまま』より引用した名文である。この不世出の劇作家は、この劇で人生の幕を「幼児期」、「学生」、「軍人」、「裁判官」、「ジェントルマン」、「認知症患者」そして、「人生の最期」という順に面白く、可笑しく描いている。それは、エジプトの『スフィンクス』神話とも似通っている。

 本発表は、こうした歴史学や比較文化や比較哲学思想の領域から「障害学」を多面的に捉え、近年公刊されたこの分野の研究成果[2]を学びつつ、既往の学問的な枠組みを超えて、「障害学」をより広く捉え直してみる。

 周知のように、「障害学」は前世紀後半に欧米の障害者運動から出発し、発展してきた新しい学問である。今日に至るまで、<個人モデル>[3] に対して<社会モデル>を提起し、世界規模で徐々にその主張を社会に広め、人々の理解を促し、社会通念として定着させた「障害学」の意義や功績は極めて大きい。

 しかし、それらの主張は果たしてそのまま歴史や思想文化など大きく違っているアジア、特に広く儒教文化圏に属する東アジア諸国において通用するのか否か?発展的アプローチも考えられるのではないか? そうした新しいアプローチは今後の障害者運動にも寄与するのではないか? 

 まず、「障害者」と「健常者」という認識枠自体に問題を感じている。それらの概念はギリシャ・ローマ以来の西洋の思想哲学に強く影響されている。アジア的には馴染まない概念である。ここでいうアジア的というのは、「非・西洋」という意味合いであり、仏教や老荘思想などを念頭に置いている。儒教はその成立した当初より老荘思想や仏教から強い影響を受けてきたため、自ずとアジア的な色彩を強く帯びるようになった。

 西洋伝来の「2項対立」的発想に対し、アジアでは、関係性、流動性、全体性を重んじてきた。たとえば、<社会モデル>で考えるならば、「健常者」は「インペアメント」と「ディスアビリティ」共に「ゼロ」ポイントに近いところに位置するが、果たして黒子なのか?それでよいのか?

 また、「ディスアビリティ」を構成する要素として、「物理的」、「制度的」、「文化・情報面」及び「意識上」の障壁が挙げられる他、「性別」や「少数者(民族)」、「学歴」、「収入」及び「地域格差」などの要素を併せて考えることが指摘されている。しかし、これらの要素は明らかに普遍的に存在する障壁であり、障害者だけが直面する問題ではない。

 インペアメント(身体機能障害)についても、冒頭に掲げた名セリフや『スフィンクスの謎』からも明らかのように、ライフ・ステージ(サイクル)と結びついて捉え直す必要がある。

 既往の「社会福祉学」を一通り体系的に学び終えたいま、筆者はいつも次の物語を思い出しては失笑している。

「龍が大好きな書生がいた。着ているものや杯に龍を彫り、壁や窓枠、梁、家の門にも龍を描いていた。ある日、本物の龍がこの話を聞き、天から降りて書生の家を訪れた。寝室の窓から覗き込み、尻尾はダイニングの外側まで伸びていた。本物の龍を見て書生は肝をつぶし、顔から血色が消え失せて一目散に逃げて行った。」[4]

 その一方で、映画 『E.T.』 はエリオット少年と「地球外生命体」[5] との美しい出会いを通じて大きな勇気と多くの示唆を与えてくれている。

 ここで強調したいのは、「障害学」は人類全体と深く関わりを持っている点である。より広い視野で「障害学」を捉え、それを現代版の哲学へ充実・発展していくことで力強く自らの存在感を社会に対してアピールできる。未来社会を見据えて、障害の相対性や障害者とその周辺との可変的な関係性、障害者の社会的価値についての研究が待たれている。



[1]“All the world's a stage,
 And all the men and women merely players.
 They have their exits and their entrances;
 And one man in his time plays many parts,
 His acts being seven ages.

 G. Blakemore Evans et al, eds., The Riverside Shakespeare: As You Like It,(Boston: Houghton Mifflin Company, 1974). (II.vii.139-143) なお、日本語訳は筆者による。

[2] 精読した主な文献は下記の通りである。

1.『障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて』星加良司 著 生活書院 (2007/03)
2.『障害学―理論形成と射程』杉野 昭博 著 出版社: 東京大学出版会 (2007/06)
3.『障害学入門 [単行本] デビッド ジョンストン 著 明石書店 (2008/9/30)
4.『選択の科学』 シーナ・アイエンガー著 文藝春秋 (2010/11/15 初版)
5.『重い障害を生きるということ』 高谷清著 岩波新書1335 (2011/10/20 第1刷)
6.『社会を変えるには 』(講談社現代新書) 小熊 英二 著 講談社 (2012/8/17)
7.『軽度障害の社会学:「異化&統合」をめざして』秋風千惠 著 ハーベスト社 (2013/3/3)

[3]  <医学や医療モデル>も<個人モデル>と見做せる。

[4]  「葉(しょう)公(こう)、龍を好む」 劉向(後漢時代)著 『新序•杂事』を参照。

[5]  The Extra Terrestrial