障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

打浪(古賀)文子  (うちなみ(こが)あやこ) 淑徳短期大学こども学科

■報告題目

「知的障害者向け機関誌「ステージ」 ――当事者性から見る情報保障」

□共同報告者

かどや・ひでのり     津山工業高等専門学校

■報告要旨

1.本報告の目的 
知的障害者はこれまで社会的に「情報保障」の対象とみなされてこなかった。障害学では「絵で見る障害学」などの取り組みがなされたものの(杉野,2008)、それらは知的障害者への十分な情報伝達として確立あるいは機能したのだろうか。
 そこで本報告では、国内では例の少ない知的障害者への「わかりやすい」情報提供の実践例である「ステージ」に着目し、その特徴及び変遷を追いながら、知的障害者のような情報の受発信に際し最も不利な立場に置かれてしまう人々を包括しうる情報保障の理論的・実践的な在り方について考察を行う。これまでの情報保障論に欠けていると思われる要素、条件を明らかにし、「情報保障」の概念に再考を促すことを目的とする。

2.「ステージ」とは
「ステージ」とは、社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会による知的障害当事者を読者として想定して作成されている、新聞の体裁をとる季刊誌(年4回発行)である。毎日新聞の記者と育成会編集担当者、支援者、知的障害者らが中心となり1996年に創刊された(野沢,2006)。知的障害や発達障害のある読者や移民などの言語的に弱い立場に立たされる人々に向けた情報提供を行っているスウェーデンの「わかりやすい」新聞『8 SIDOR』を模して「ステージ」は作成されており、その実践において「みんながわかる新聞」をスローガンとして掲げている。
紙面はA3版フルカラーの全8ページであり、全ての漢字に振り仮名がつく。文章は小学3年生が読める程度の難易度であり(野沢,2006; 工藤・大塚・打浪,2013)、イラストや写真が多用されるなど、視覚的にも文法的にも「わかりやすい」紙面となるよう工夫が凝らされている。知的障害者を対象として,全国規模で時事情報の継続的な配信を行っている紙面媒体としては国内で唯一である.創刊時は5万部,その後1996年から2009年度までは毎号約5500部程度で推移していたが,2010〜2011年度は毎号約11000部,2012年度は毎号約12000部を発行している.
紙面の編集過程には、育成会の編集担当者以外に支援者,新聞記者,学識経験者(第一報告者)が関わるだけでなく、知的障害者数名が編集委員として話題選択や記事の取材・執筆、及び文章の校正を行っている。さらに、2010年4月に「ステージ」紙面がデザイナーの変更等で刷新された後、2011年6月より知的障害者が紙面の編集委員長を務めることとなった。
つまり「ステージ」の実践では,知的障害者自身が話題選択および文章の校正,すなわち「わかりやすい」情報発信の過程そのものに関わっているのである.

3.考察
知的障害者へ向けた「ステージ」の継続的な実践は、そもそも情報保障の対象として意識されにくい知的障害者への情報保障の嚆矢といえる。当事者の視点を加味して視覚的・文章的な「わかりやすさ」を共に作り出す作業を行うことにより、知的障害者への情報保障を可能にする条件が明らかになるといえる。
また、「これまで社会から一方的に流されてくる情報の洪水に、その多くを理解できないまま押し流されていた知的障害者たちが、今度は自ら情報を発信する側に回る」(野沢,2006,p.191)ことの意義を考慮するなら、「ステージ」の実践は、情報を受信する当事者、情報を発信する当事者の双方へのエンパワメントでもある。さらには、「言語認知や判断に関して問題がある」「思考力が弱いと」とみなされて続けている知的障害者像への押し付けに抗する意味をも持つことになろう。
情報弱者は情報保障の対象者として「客体化」され続けている。情報保障としての「ステージ」の実践は、受信のみならず発信の過程に知的障害当事者が関わることによる、情報弱者とされる人々の「客体化」を解く試みでもあるといえる。


謝辞
 社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会及び「ステージ」編集委員各位に御礼申し上げる。


主要参考文献
かどやひでのり・打浪文子,2013,「情報保障における当事者性――情報保障媒体の日瑞比較」日本言語政策学会第15回記念大会,桜美林大学,2013年.6月2日
工藤瑞香・大塚裕子・打浪文子,2013,「知的障がい者のコミュニケーション支援に向けたテキスト分析」言語処理学会第19回年次大会,名古屋大学,2013年3月14日
野沢和弘,2006,『わかりやすさの本質』日本放送出版協会
杉野昭博,2008,「障害者と共生政策――障害学会における情報保障を題材として」『共生社会の理念と実際』東信堂,42-71
横山正明・花崎三千子,2013,「生きることをもっと楽しくする新聞をつくりたい――みんながわかる新聞『ステージ』」第8回LLブックセミナー,大阪市立中央図書館,2013年1月13日