障害学会第10回大会(2013年度)報告要旨

山田 嘉則 (やまだ よしのり)  阪南中央病院

■報告題目

integrityの侵害と精神障害〜障害者権利条約を起点として

■キーワード

integrity/ 障害者権利条約/ 拷問等禁止条約

■発表要旨

【目的・方法】
障害者虐待防止法の施行に続き、障害者差別解消法が成立し、障害者権利条約の批准に向けた国内法の整備が進んでいる。その一方で、虐待防止法では病院が適用対象から外され、差別解消法に逆行するかのように、精神保健福祉法の改正で医療保護入院要件の緩和が行われた。差別禁止、権利擁護の流れの中で、精神障害者が周縁化されている印象すらある。
この状況にあって、精神障害者の支援、権利擁護に向けた取り組みの強化が理論的にも実践的にも求められている。
本発表ではその一助とすべく、精神医療における非同意入院、隔離拘束、さらに広く精神医療の強制的側面について、障害者権利条約、拷問等禁止条約を参照しつつ論じる。その際、integrityという概念に注目し、それが精神医療の監視と精神障害者の権利擁護に対して持つ意義を考察する。

【結果・考察】
障害者権利条約17条は「すべての障害者は、それ以外の人々と対等に、身体的精神的integrityを尊重される権利がある」と述べている。これは、15条(拷問等の禁止)、16条(虐待等からの自由)、22条(プライバシーの尊重)および25条(健康)を補完する条文であり、これらがカバーできない、精神障害者に対する強制医療の否定を含意するとされる。
integrityは「統合性」「不可侵性」と訳されることがあるが、「自己決定の前提となる価値観や世界観を醸成する固有の場となる人間の身体と精神に対する不可侵性」(池原毅和)であり、20世紀後半から、人権の基本概念と見なされるようになった。 自由権規約は6条(生命に対する固有の権利)、7条(拷問、虐待、同意なき科学的・医学的実験の禁止)、8条(奴隷、強制労働の禁止)でintegrityへの権利を定めている。さらに、拷問等禁止条約において、障害を矯正する目的で、不十分なインフォームドコンセントのもとで行われる医療行為は、拷問・虐待と見なされる。
筆者の精神科医師としての「反省的実践」(D.A.Schön)からもintegrityは重要な概念として浮上して来る。精神医療現場、特に入院医療の場合に顕著であるが、そこでの医師・看護師などの医療スタッフと精神障害者のパワーには著しい不均衡がある。精神障害者は無防備(vulnerable)であり、そのintegrityが容易に侵害される。それを医療スタッフの「よき意図」で正当化することはできない。現場で筆者が身を持って知ったことである。一方、筆者は近年、性暴力被害者支援にコミットしている。ここでもintegrityの侵害は性暴力の定義、PTSDの定義などに現れる。実際にも、子どもに対する性暴力は、integrityに対する破壊的な侵襲であり、それゆえ多くの被害者に長期にわたる深刻な変容をもたらす。
とすれば、integrityを侵害されたことで精神障害を持つようになり、そこでさらに精神医療によってintegrityを侵害される、ということになり得るのだ。この意味でintegirityは精神医療にとってスキャンダラスな概念である。
精神障害者とはintegirityを侵害された者・侵害されつつある者・侵害されるリスクの高い者である。あるいは、vulnerableな者である。これは社会モデル的に見た精神障害の重要な側面でもあるだろう。とすれば、integrityという概念が精神障害者の支援にとって持つ意義も明らかである。integrityのさらなる侵害を防ぐこと、損なわれたintegrityを回復することが、支援の核心をなす。それは権利擁護であり、自己決定の支援である。そしてその際に支援者によるintegrityの侵害を警戒しなければならない。障害者と支援者の関係についてセンシティブであることが、精神障害者の支援では特に求められている。