第㈵部 レポート・卒業論文の書き方

㈵.考える技術



㈵−1 「考える」ことを考える

経済学では人間を「自立的・理性的・合理的人間」ととらえている.ところがわれわれ生身の人間は,知らず知らずのうちに他者志向的になっているし,しばしば感情を抑制することができずとんでもないことをしでかしたりする.合理的に考えれば当然と思われる意見であっても,やたら反発してみたくもなる.つまり,経済学を学んでいるわれわれは,経済学において想定される人間とは似て非なるものである.これは,われわれが「啓蒙」以前の状態にあるからであろうか.(これはきわめて重要な社会科学的問題である.考えてみよ.)
理由はともあれ,諸君の多くは他者志向的・感情的・非合理的人間のままでいることを,今の空っぽの頭のままで大学を卒業してしまうことを快しとしないであろう.ではどうするか.これまで何度となく似たような問題を自分に投げかけてはみたものの,その答を見つけられずに現在に至っている人がいるかもしれない.しかし,クラブ活動こそが生き甲斐だと信じることができた人,新興宗教に身を投じた人,アルバイトに精を出して金を稼ぎ思う存分に遊ぶことが人生最大の喜びだと考えた人,とりあえず勉強しておけば何かの役に立つと思い勉学にいそしんでいる人など,いろんなタイプの人もいるだろう.それらの人に,「その答は自分なりの答なのか」と問えば,どの人も自分なりの答だというに違いない.しかし本当に「自分なりの答」であろうか.本当に納得した答なのか.もう一度考えてみてほしい.
これまでの経験の中で「考える」とは本当に「自分で考える」ことであったのか.生まれてこの方身につけさせられた価値基準を単純に適用することを「考える」ことと取り違えているのではなかろうか.「自分なりの答」といっているものも,実は「他人の答」を自分で見つけた答のように思い込んでいるだけではないのか.

㈰過去を振り返る

大学に入学するまでの生活,典型的には高校生生活・受験勉強の中で,「受け身の生活」に慣れ親しんできた.幼年期までの躾の段階で教え込まれたことには,社会生活を送る上で必要不可欠なものもあったであろう.だがそれ以外の生活の大部分が,大学受験に向けて秩序づけられる必要があったのであろうか.よい会社にはいるためにはよい大学,よい大学にはいるためにはよい高校,よい高校にはいるためには…….こんなバカげた価値観に踊らされてきた哀れな犠牲者が,自分達ではないのか.この価値観をつくったのは,現代日本の社会経済体制,すなわち個人よりも集団,特に法人企業を重視するわが国の資本主義的社会経済体制,天皇(?)中心に,あるいは反共産主義の名なの下に秩序づけられた前近代的(価値基準が自分の外にあると考える態度)社会体制であり,それを支えるわれわれ日本人である.

与えられた価値(命令)に忠実に服し,ひたむきに努力し,過労死すら顧みず仕事に邁進する人間こそ,現代日本の発展の礎となった人々である.そして,諸君もまた彼のような人生を歩むべきだとする財界・政界・官界からの暗黙的あるいは明示的意見に従って,現在の教育制度はできあがっている.なるほどこれらの価値観は社会の安定と発展にはきわめて重要な手段ではあるが,個々の人々のよりよい人生とは対立しうるものなのである.まず,自分で物事を考える際の出発点にある価値観の源を疑ってみよう.現在の自分を否定することになるかもしれない厳しい作業ではあるが,一度限りの自分だけの人生をよりよく生きるために必要不可欠な作業である.

㈪生活態度を変える

諸君は自らの意志でアルバイトをしたり,テレビを見たり,遊んだり,はたまたクラブ活動や宗教活動に熱中していると思い込んでいる.しかし本当にそうだろうか.これまた植え付けられた価値観に対する単なる受け身の行動でしかないのではないか.そのような行動をとるのは,誰かが仕組んだ巧妙な罠にはまっているだけなのではないか.受け身の行動をとるのは,とりもなおさず現代の支配的価値観に知らず知らずの内に染められているからであって,諸君が受け身になってくれることで得をする奴らがいるからだ.裏で甘い汁を吸っている奴らにとっては,社会の不透明な部分に諸君が目を向けることほど困ることはない.彼らには,諸君が社会的規範に主体的・積極的に従っているという思い込みを持ちながら,実は何も知らないという状況こそベストである.上に従順であり,かつそこそこの能力のある「会社の役に立つ人間」が求められてきた.今日の教育制度はこの要求に見事にマッチしているではないか.

もちろん反論もあろう.アルバイトをして金を稼ぎ,勝手気ままに遊ぶことは,自分で考えた結果であり,自分の意志であると主張するかもしれない.だが,アルバイトは卒業後に待っている会社人間への訓練期間である.テレビに熱中することは,与えられたものに素直に反応する能力を身につける訓練でもある.勝手気ままに遊ぶとはいえ,現代消費社会をしっかり支える役回りを演じさせられているに過ぎないではないか.その証拠に,「好み」は自分の内面からではなく,誰かのつくった流行から,つまり他者志向の結果として生み出されたものである.今の生活を続ける限り,諸君は自分を,自分の内なる欲求を発見することはできない.まず,現実を直視し,今をよりよく生きるために生活態度を180転換させよう.

㈫知りたい欲求を素直に表す

外から与えられる価値基準に適応するという安易な態度を改めると,いろんな疑問が湧いてくる.これらの疑問に逐一答を出すことは思った以上にしんどい作業である.時間もかかれば金もかかる.しかし,それに答えてやることこそ自分に忠実な生き方であろう.

㈵−2 問題意識の鮮明化

「考える」ことの第一歩は,自分の心の中にある疑問を素直に見つめ,それに対して自分なりの解答を与えようとする欲求を表に出すことである.このような欲求は,長いものにまかれろ式の生活態度を変えた後には誰でも持っているはずだし,自分なりに納得のいく説明であればさらによいはずだ.その欲求こそ,学問を発展させてきた「知的好奇心」の源である.

㈰疑問は疑問,価値の差はない

どんな素朴な疑問であっても,自分がおかしいとか,どこか変だと思ったことはすべて解決を必要とする疑問であるから,大切にしたい.最初の段階で諸々の疑問に価値の序列を設けるのは,望ましいことでも必要なことでもない.疑問を感じたという事実を重視すべきである.

㈪疑問を気ままに考えてみる

まず,疑問に思ったことをメモしておこう.人間は忘れる動物である.忘れるから生きていけるともいえる.人間の特性である忘却癖から逃れるために,メモをとることが必要である.そして,暇なときにメモを見ながら考えてみよう.なぜそんな疑問を持ったのか,その疑問は自分だけのものか,その疑問に対する今の自分の解答は一体何か,一般の人ならどう答えるのか,など気ままに考えてみよう.

㈫疑問をまじめに考え直す

一応考えてはみたけれど,どうにも納得のいく解答が見つけられそうにないということになったら,もう一度まじめに考え直してみよう.どんな疑問であるにせよ,今の自分にとっては不可解な気になる問題になってしまったのだから.だが,まじめに考え直すとはいえ,一人でこもっていても進展はない.同じ疑問を共有する人はいないか探してみよう.友人に相談するのもよいし,図書館に出かけて過去に自分と同じ疑問を持った人はいなかったかを調べてみるのもよいだろう.

㈬テーマとして記述する

㈰〜㈫を繰り返していくうちに,自分にとっての「疑問集」ができあがる.その中にはちょっと調べれば答の出せるものもあれば,一生かかって考えても答の出せないものもある.その点には気にする必要はない.とにかく,「自分は今までなんと無知であったことか」と悟れば十分である.そこで次に,それらの疑問に答えるためにはどうしたらよいかを考えよう.それには,諸々の疑問を答えやすい形式,つまり他人がこちらの予期した通りの答を出してくれるような質問の形式に変換してみればよい.(㈼−3 を参照せよ.そこで述べることと同じである.)言い換えれば,具体的テーマに組み替えるということである.

㈭あるテーマで論文を書いてみる

問題意識をいっそう鮮明化させるためには,実際にレポートや論文を書き始めるのがよい.単位取得という目的があって,強制的にレポートや卒業論文を書かせられるのとは違い,自分の自発的な意志で書き始めると,これまでとは違った世界が見えてくる.そこで大いなる喜びを感じた人には,学問は身近な存在となろう.

㈵−3 論理展開能力の向上

㈰基礎力を養成する

何にもまして基礎力を身につけることが重要である.テーマによって異なるが,経済学・社会学・政治学・経営学,ならびに社会科学方法論,数学(微分積分学・線形代数),語学の各領域で一応の知識を持つことが必要である.

さらに,そこで使われている論理(ロジック)が持っている特性を意識しながら読み進めてほしい.同じロジックを使って考えることができてはじめて,理論の適用により問題の分析が可能となる.その理論を通して現実のさまざまな問題に対する解答を与えることが,当座の目標である.

㈪専門的技能を身につける

多くの人は純粋理論をテーマに選ぶより,現実の経済問題・社会問題を取り上げる傾向が強いようである.これらの問題は数学を必要としないから取り組みやすいと判断している学生が多いようであるが,そのような理由からテーマの選択を行うと,しばしばテーマを変更することになり内容の充実した論文を書くことはできない.面白い本を見つけたのに,重要な展開部分で数理分析や計量分析があったために読めなくなってそのテーマを放棄してしまうのでは,本末転倒もはなはだしい.したがって,専門的技能(特に数理モデル・計量モデルを扱う能力)を可能な限り高めておくことは論理展開を説得力のある形で進めていく上できわめて重要である.

㈵−4 諸注意

㈰自分の言葉で考える

やさしい言葉,日頃使っている言葉,日常の話言葉で筋道立てて考える.われわれ一般人の頭は話言葉でしか思考できない.資料・文献にある「書き言葉」で考えることはできない.文献を読む場合にも,それを発展させる場合にも,まず自分の使いなれた言葉に翻訳してから進めていかなければならない.
「話すルールと書くルールは違う」ことを肝に命じておけ.

㈪事実と価値判断を区別する

事実に関する命題から価値判断を導くことはできない.「(事実が)・・・・だから,(価値判断として)・・・・すべきである」と述べるのは,論理的におかしいということに気づかなければならない.事実命題に何らかの価値基準(価値前提)を付加することによってしか,価値判断を主張することはできないのである.→㈼−2 参照


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