早稲田大学政治経済学部砂岡研究室「砂岡和子家頁」

情報:敦煌学(Dunhuang Manuscript)

蔵経洞発見100周年記念国際学術研討会

敦煌学(Dunhuang Manuscript):INDEX

敦煌蔵経洞発見100周年紀念国際学術研討会 文学・言語グループ発表報告

砂岡和子(早稲田大学)
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本文は財団法人東方学会機関紙『東方学』第101輯(2001年1月)に掲載予定の原文を基にしている.
敦煌蔵経洞発見100周年紀念 国際学術研討会 (2000年7月29日―8月3日於敦煌莫高窟)の文学・言語分科会で発表された論文と関連情報を中心に報告する.同グループの日程および発表論文は以下の通り.論文提要集によると本分科会の論文総数は31篇(全191篇:芸術・考古68篇、歴史・文献51篇、宗教・文化41篇)であるが、欠席者や飛び入り発表があり登録のさい配布された日程表との異動が目立つ.


(図1)7月29日開会式での集合写真(原寸A3巻子)

文学・言語分科会の会場は主会場から車で10分ほど離れており、他の分科会への移動が困難であるせいか、参会者は日に平均20名前後と少なめ.筆者も8月1日は歴史・文献分科会に出席して本部会を欠席したため、帰国後中国の張鴻勲氏・黄征氏・徐俊氏に問い合わせ、情報の空白を埋めてある.

以下日程と論文を列記する.途中の参観など会議全体の詳細プログラムは敦煌研究院のHomePageに詳しい(GB).論文には通し番号をつけ、題名は発表に用いられた言語で示し、日本漢字にない簡略字体は当用漢字に改めた.発表者名の下の( )は国籍.

7月30日午前 司会者:胡大浚(中)/朱鳳玉(台)

  • 王小盾(中):敦煌維摩詰芸術研究 
  • 劉楚華(港):読「維摩詰経十四品」 
  • 何剣平(中):敦煌維摩詰文学中的金栗如来 
  • 張涌泉(中):敦煌本『佛説父母恩重経』研究

この日の午前中は維摩詰変に関係する論文発表が集中した.王氏と何氏は楊州大学、劉女史は香港浸会大学の若手研究者である.古典の専門領域を持ち、敦煌変文を広い視野で分析する力を備えている.3名の発表に刺激され会場では維摩詰変と壁画の関連について活発な討議が行われた.張涌泉氏は浙江大学の碩学で、1998年の大著『敦煌俗字研究』で知られる.今回の発表はかって黄征氏との共著『敦煌変文校注』に収めた佛説父母恩重経諸本の比較研究の延長で、新たに俄蔵黒水城敦煌文献と韓国天宝山仏岩寺の壁画資料中に発見した父母恩重経異本により、現行巷間に流布する父母恩難報経との時空間を埋める試みであった.敦煌文献シリーズの刊行により精緻な写真画像の敦煌史料が閲覧可能になり、これが文学語学研究の増進剤となっていることを上掲発表は物語っていよう.

7月30日午後 研究分科会 司会者:張涌泉(中)/胡大浚(中)

  • 朱鳳玉(台):敦煌本雑字系「蒙書」初探 
  • 黄征(中):「変文字義待質録」考辨 
  • 王継如(中):敦煌俗字研究法 
  • 譚世宝(澳):世称"守温韻学残巻"的p.2012号背面的文書部分新探 
  • 曾良(中):敦煌文献詞語考釈

朱鳳玉(台湾嘉義大学)は敦煌の初等教育文書を専門とし、著書に1996年『敦煌写本砕金研究』がある.今回は明代の類書や啓蒙書に範囲を広げ、唐代雑字系字書が庶民教育に果たした役割について論じた.女史にはまた夫君との共著『敦煌学研究論著目録1908-1997』(漢学中心研究編印)があり、蔵経洞発見100周年紀念にふさわしい書誌の上梓である.黄征氏の発表は前后5回,38年をかけて改訂増補された蒋礼鴻『敦煌変文字義通釈』の集大成とでもいうべき発表.蒋著の計60条に回答を与え、あらたに70項目の待質疑加えた.今後黄氏は文献のデジタル処理による比較研究に意欲を燃やしており、ここに至って王国維、姜亮夫、蒋礼鴻、潘重規、郭在貽、項楚の跡を継ぎ、変文の口語語彙・俗字校訂作業は新世代に移転しつつある.期待していた四川大学の項楚氏、南京師範大学の董志翹氏は欠席であったが、提要集によると前者は敦煌変文における禅語録の語彙を、後者は漢訳仏典中の口語語彙との比較研究を旺盛に続けており、張涌泉・黄征氏とのチームワークもよい.緻密な校訂で知られる敦煌文献の四天王は敦煌俗語詞通論大成に向け歩み続けている.

8月1日午前 司会者:張先堂(中)/全寅初(韓)

  • 胡大浚(中):敦煌写巻中几首佚名詩的考釈  
  • 徐俊(中):敦煌先唐詩考  
  • 伏俊連(中):20世紀敦煌賦研究初討 

8月1日午後 司会者:徐俊(中)/張鴻勲(中)

  • 全寅初(韓):唐代変文話法小説初探 
  • 欧天発(台):隠語与説唱文学―以「韓朋賦」、「伍子胥変文」為例 
  • 王志鵬(中):従敦煌講唱文学作品看唐人小説之発展 
  • 全弘哲(韓):関于敦煌講唱文学的几点見解
  • 何国棟(中):"雅""俗"転関鏈条上重要一環――敦煌文学在中国文学史上的地位 

8月3日午前 司会者:黄征(中)/李秀雄(韓)

  • 李秀雄(韓):敦煌文学与韓国文学的比較研究 
  • 砂岡和子(日):網上国際敦煌学現状 
  • Tatsushi TAMAI(独):Digitization of Tocharian Manuscripts from the BerlinTurian Collection Methods of linking textual graphical data 
  • 郭淑雲(新):従変文裏的套語運用看中国伝統口語文学的創作芸術 
  • 楊暁靄(中):従敦煌歌辞中的"男児"形象看唐代品藻人物的趣尚

8月3日は比較文学の立場から敦煌文献を扱った発表と、デジタル文献の学術利用に関する発表があった.李氏(韓国延世大学)は変文と郷歌やPansoli、敦煌歌辞と高麗歌謡など敦煌文学と韓国文学の通史的比較を行った.郭女史(シンガポール)はOral-Formulaic Theoryを敦煌変文に応用したもので、欧米文芸理論で中国古典文芸を分析する手法が斬新.TAMAI(フランクフルト大学)は同大学シュミット氏を中心とするベルリン博物館蔵トカラ語文献デジタル化とインタネット公開開始に関して発表.文学・言語分科会にはシルクロードの少数言語を扱う研究者が同席せず、空振りかとの危惧に反し活発な質問がでた.ただし文献公開の意義については発表者が期待した理解が得られず、関心はむしろデジタル文献の入手方法に集中した.砂岡(早稲田大学)は近来増加しつつあるネット上の敦煌文献研究資料やHomePageの紹介を行ったが、これも大陸の学者の反応は芳しくなく、会場の台湾の研究者がデジタル文献利用によるテキスト真偽判別の実例を挙げ敦煌文献研究の方法論に関心を引き寄せたお蔭で座が活性化した.

論文宣読は以上のほか7月29日午前と8月3日午後の全体発表でも行われた.文学・言語関係では3日の王尭(中)「敦煌吐蕃文中的占卜文書研究」がある.今回は100周年紀念に合わせ各地域の敦煌学研究回顧報告があった.29日は饒宗頤(港)「港台地区敦煌学的回顧与展望」、Menshikov(俄)「俄国敦煌学研究的簡短回顧与展望」、李秀雄(韓)「韓国敦煌学研究的課題与傾向」、池田温(日)「敦煌学百年感想」で、ともに文学・言語研究動態報告を含む.今会議で鮮明となったのは敦煌研究院が壁画保護と文献集中のためデジタル化とデータベース構築に本腰を入れ始めたことである.29日全体発表のWilliam Bowen(米) Dunhuang Studies in the Digital Age (中文題:数字時代的敦煌研究)、同じく3日のColin David Chinnery(英)「国際網絡上的国際敦煌学」(国際敦煌学プロジェクト参照)に樊錦詩研究院院長自ら提携を呼びかけ、会場の中国研究者も強い関心を示した.最近研究院のHomePageを開設し研究動態や季刊誌『敦煌研究』の目録公開も始まった(暫時1999年分のみ).


(図2)敦煌研究院HomePage目次頁

本会議からRegistration Form はEmailで届き、論文サマリィーも英・中(GB/Big5)で送信できる環境を整えた.既知の研究仲間はほとんど電子メイルアドレスを所有し、瞬時に交信できる.敦煌学の情報加速化が進行することは間違いない.