アト秒科学の発展史(History of Attosecond Science)


 
by Hiromichi Niikura

アト秒とは:

測定の時間分解能が向上すれば、より速い物体の運動やその内部の変化を測定できるようになります。 分子の回転(回転波束の変化)はピコ秒(ps, 10-12秒)の時間領域、また分子振動(振動波束の変化)や化学反応はフェムト秒(fs, 10-15秒)の 時間領域で起こります。1980年代の半ばには、すでにフェムト秒レーザーパルスが発生され、 フェムト秒分光による化学反応(振動波束運動)のリアルタイム測定等で1999年にノーベル化学賞が授与されました。
 しかし、例えば化学反応がなぜそのような選択性や速度で起こるのか、なぜある分子の吸収スペクトルや発光スペクトルはそのような分布を持つのか、また様々な物性がどうして生じるのかなどを理解し、それを制御するためには、原子や分子・固体内部の「電子波動関数」に注目する必要があります。もし分子の振動よりも速い時間スケール(すなわちアト秒で)原子や分子の「電子波動関数(電子波束)」がどのような姿(分布と位相)をしており、それがどのように変化していくのかを直接イメージング測定することができれば、分子の構造だけを見ているだけではわからない、様々な分子や物質の持つ「機能」を解き明かし、さらにそれを設計することに大いに役に立つと考えられます。



一方、フェムト秒からアト秒へのブレークスルーは、簡単ではありませんでした。筆者がカナダ国立研究機構(National Research Council of Canada, NRC)で研究を始めた2000年は、まだフェムト秒の時代でした。その後、数年間の間に、幸運なことに「フェムト秒からアト秒へのブレークスルー」のある部分に大きく関与することができました。そこで本稿では、筆者の実際の体験も交えて、アト秒科学の発展史を綴ってみようと思います。(なお必然的に?カナダ国立研究機構NRCにおける研究を中心にしたアト秒発展史になっていることをお断り申しておきます。むろんそれだけではなく、包括的にアト秒科学の発展がわかるように記すつもりです。)


特に2001年くらいから、2005年ほどまで、この分野のコミュニティの学会(だいたい同じような人々が、違う名称の学会に出ています)では
新しいアイデアや実験結果などで、とてもわくわくするものだったことを覚えています。新しい結果は特に、GRC (Gordon Research Conf)
で特にまっさきに?披露されることが多かった?かもしれません。(まさに、unpublished データも積極的に発表する?というGRCの伝統?そのもの
でしたが、、)。新しい時代が拓いていくときの、科学界のある種の興奮を思い出します。

なお詳細は以下の日本語の総説を参照してください。

(本稿は以下の総説記事と同様の構成で書かれています)。

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「電子波動関数の直接イメージング法の開発」フォトニクスニュース第4巻 pp.41 2018 最近の結果も書いています。
「再衝突電子によるアト秒電子運動の計測」分光研究 2011年 第60巻, pp219
「アト秒科学の基礎とその展開」光化学 2009年 第40巻, pp162
「再衝突電子を用いたアト秒の電子・分子動力学」 しょうとつ(原子衝突研究協会誌)2004, 創刊号, pp.8
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また、
「アト秒科学10年史」なるタイトルで2010年くらいに、JSTさきがけの会議で発表したことがありますが、その内容と
同様の構成です。NatureかScienceの「本誌」に論文が載ってから、、と考えていましたら、
そのときからだいぶ時間がたってしまいましたが。

“From Femto-to-Atto Clock”
筆者がNRCから移る時に、研究室の
Paul Corkum先生から記念に貰った時計。おそらく一つしか存在しないもの。

プレートに
”From Femto to Atto”
“NRC Canada”
と刻印されている。


以下のページから本文です。
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1. プレアト秒の時代(〜1990年代)
2. アト秒へのブレークスルーと発展(2000年代)
3. その後の発展

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コラム:アト秒科学の特徴:
アト秒科学は、その初めをたどれば高次高調波の発見(1988)・二重イオン化過程(1998)などの実験的な発見(注:この発見にCPAレーザーは関係ありません。)
をもとにしていますが、 これらの「現象」から「アト秒科学」というミレニアムを拓き、そこに人々を導いたのは、やはりPaul Corkum先生で
あると言えましょう。数フェムト秒までは、従来の分散制御などの方法で到達されましたが、
 ・いったいアト秒にはどうしたら到達できるのか?
 ・また、アト秒の光パルス・電子パルスができたとして、それをどうやって測定したらよいのか?
 ・さらには、原子や分子の中を動く電子 はどのように測定したらよいのか?
などの問題は、新しく考えなければならないことでした。
より正確に言えば、「測定された現象から、アト秒を開くことができる」ということを思いついて、そのための「方法論を示した」ことが
偉大なことであると思われます。

また、その前にむろん高次高調波や二重イオン化過程における特徴はどうやったら説明できるのか?という
問題もありました。いわゆる三段階モデルですが、しかしそれだけではアト秒科学は拓かれません(それは過去の現象の説明のため)。
そこからまだ見ぬ「未来へと」向かうビジョンの展開が重要であったといえます。

それらのビジョンを示したのが、Corkum先生でした。(むろん重要な共同研究者もおられます。とくにMisha Ivanov博士)。
三段階モデルのあと、「アト秒のパルスが発生(1994の論文)」やアト秒光パルスや電子パルスの測定、
それらを用いたアト秒ダイナミクスの測定法の原理など
も提案されています。その意味で、アト秒科学の発展は「極めて優れた研究者による"アイデア"によって導かれた」ものであるといえるでしょう。


私自身もいくつか関与していることがありますが。

アト秒科学の基礎をなすフェムト秒領域の特筆すべき技術としては、Ferenc Krausz博士らによるチャープミラーの作成や
キャリアエンベロープ位相(CEP)を安定化した数サイクルフェムト秒レーザーの発生
などがあるでしょう。
これらはKrausz博士らの単一アト秒パルスの発生とそれによるさまざまな電子ダイナミックス測定の基礎になっています。

(なお、フェムト秒レーザーそのものは、Ti:Sapphireという媒体によるレーザーの発明が大きいと思われます。
色素(溶液)が媒体のレーザーはやはり大変ですね。


アト秒科学の特徴2〜「レーザー電場1周期以内で起こる現象」:
レーザーなどの光は、電場(電磁波)がある周期で振動しているものです。それまでの分光学(Spectroscopy)では、
周波数(一秒当たりに何回、電場が振動するか)や波長が重要でした。周波数・波長によって起こる現象を識別する
(周波数や波長の関数として、光を物質に照射して起こる現象を測定する)ことが、いわば分光学というものです。

それに対してアト秒の科学で重要な概念は「レーザー電場の1周期以内で起こる現象(ダイナミックス)」というものです。
中心波長が800nmのレーザーパルスの場合、電場は約2.66fsの周期で振動します。ここで、「電場の大きさに依存した」現象に注目します。
いわゆる三段階モデルや、単一アト秒発生、電子ストリーク法、また再衝突電子法などは、「一周期以内の電場の大きさの違い」を利用しています。
また、そのために「フェムト秒のパルスを用いても、アト秒時間領域の現象が生じる(その現象に注目した測定が可能になる)」ことになります。

単一アト秒パルスの発生にCEP安定化とその制御が重要であるのは、「起こる現象が電場の形(wave form)そのものに依存するから」です。

2002年くらいのとき、アト秒科学の話をしますと「パルス幅とエネルギー幅の不確定性関係」について、よく質問を受けたことを覚えています。
このようにアト秒科学では「電場の1周期以内」で起こる現象に注目するため、「パルス幅(=何回、電場が振動しているのか)」ということは
あまり重要ではありません。詳しくは、2.の項目で記します。


このように「アト秒の科学」は、「単にパルス幅が短くなった」というだけではない、様々な概念の転換を含んでいます。

随時執筆中。